(狙い時は通話中だ。でも、いま飛びかかるのはまずいよね)
だって車は走行中だ。
飛びかかったところで、その後はどうすればいい? 走行中の車から飛び下りるわけにもいかないし、車をとめるだけの行動を起こせると断言もできない。飛びかかった結果、急ブレーキを踏んだ鳥井さんから押さえつけられて、スタンガンときつい触れ合いをされる未来しか見えない。
もっとよく考えろ。
兄さまにいつも頼ってばかりだったおれだけど、いまは自分の脳みそで考えないと誰も助けてくれないんだ。ちゃんと状況を見極めて、よく考えろ。兄さまの下に帰るために。
おれは鳥井さんの様子を窺った。通話している鳥井さんを、注意深く様子を窺った。
四時過ぎになると雨が降ってくる。
未だにおれは飛びかかるチャンスを掴めず、やきもきした気持ちを抱いていた。
外から見える景色は町並み、ではなく雑木林や廃れた工場ばかり。時々一軒家や田んぼが見える程度。斜面をのぼっているみたいだから、ちょっとした山道を走っているのかもしれない。
『烏。緊急事態だ、烏』
と、車載ホルダーに設置している携帯から厳かな声が聞こえた。
烏って鳥井さんのことだよね?
おれは鳥井さんに視線を投げる。とうの本人は気だるそうに、「なんだよ梟」と返事をしていた。コードネームで呼び合っているってことは、鳥井さんの直接の仲間なのかな。梟って。
鳥井さんは緊急事態という単語にとてつもなく嫌な予感がしているみたいだ。しかめっ面を作っている。
『No.253の二重契約が発覚した』
「はあ? おい、梟。そりゃどういうことだ。ウチと契約していただけじゃねえのかよ。福島道雄は」
福島道雄……?
あれ、下の名前はお父さんと一緒だけど、これは偶然?
『詳細は追っている。とにかく、お前は一刻も早く下川那智を連れて来い。未払いのツケの一部は下川那智で賄うことが決まっている。いいか、取られるなよ』
「取られるなってことは……くそ。動いてるのか」
『警察の目が届かなくなったことが、向こうにも伝わったらしい。たぶんお前を追跡している。俺も応援に動くが、時間は掛かる」
「冗談じゃねえぜ。今日は事務所にガキを届けて終わりだと思ったのによ」
鳥井さんがしきりにサイドミラーやバックミラーを確認している。
おれも外の景色と鳥井さんを何度も確認。
車はカーブに差し掛かっていた。車をガードレールに突っ込ませるのはおれ自身も危ないけど、反対側はコンクリートで補強された崖。あそこにぶつけさせれば。
天気は雨。斜面はきっとタイヤが滑る。鳥井さんは焦燥感を滲ませながら通話中。運転中。おれのことなんて眼中にない。油断しまくっている。いましかない、いましか!