(こんなことをされている間も、兄さまはひとりで過ごしている。ごめんね、兄さま)
ひとりを嫌う兄さまの下に帰るために、少しだけの我慢だ。
殴られていると思えばいい。お母さんから殴られていると思えばいい。
大人はいつもそうだったじゃないか。殴って、暴力を振るって、自分の主張を体に教え込もうとする。今回もおなじだ。暴力のかたちが違うだけで。
他人に触れられて気持ち悪いだけの世界は吐き気が止まらないけど、兄さまの下に帰るためなら死ぬほど我慢するから。
だいじょうぶ。鳥井さんに触れられたところで『キショイ』で終わる程度なんだからさ。
鳥井さんはおれと赤の他人。何をされても、他人の言動を真に受けちゃいけない。兄さまはそう教えてくれた。
だから首や肩を舐められる行為は気色悪いで終わる話だよ。ほんとだよ。
だから耳をかじられて、感じてしまった自分も気色悪いで終わる話だよ。ほんとだよ。
だから無理やりキスされて口内を荒らされても、吐きそうになっても、乱暴に触られても、掠れた声を出しまくても、我慢で終わる話だよ。ほんとうだよ。ホントウだよ。
気持ち悪いけど、それでおわり。おわり。おわり。英語でおわりはえんど。綴りはEND。読みはエンド。簡単な英単語だ。ばかなおれでも憶えやすい英単語だったね、ああ、まだ終わらないのか。長いなぁ。気持ち悪いなぁ――……。
「スタンガンで脅すより、よっぽど効くな。痛めつけるよりいい反応だったよ」
気がつくとおれは、はだけた服をそのままに、膝を抱えて大粒の涙を拭っていた。
鳥井さんは手についた体液をティッシュで拭うと、とめどなく涙を流すおれの体に自分の上着を掛けた。
やっぱり男は趣味じゃない、と愚痴る鳥井さんはおれを一瞥して素っ気なく言う。
「お前の考えは見え見えだ。隙を突いて逃げようって魂胆だったんだろう? ばかなガキだよ」
甘ったれた考えは捨てろ、お前は逃げられない、と鳥井さん。
次そんな考えを持ったら、今度はこの程度の戯れでは済まない。吐いても泣いても怯えを見せても、その身を犯すと脅してきた。立場をハッキリと分からせられた瞬間だった。