並行して、おれは泣き虫毛虫を鳥井さんに垣間見せるようにした。
ボールペンを見つめながら兄さまを呼び、後部席で身を丸くして泣く振りをした。
弱っちい男だと見せつければ、鳥井さんは油断すると思ったんだ。
今まで泣き虫毛虫はおれにとって欠点であり、弱点であり、人を苛立たせる大嫌いな一面だと思っていたけど……これを相手に見せつけることで『お前はその程度の弱い人間』だと思わせることができるんじゃないかと、おれなりに考えた。油断してくれたら万々歳。逃げる隙を突ける!
……泣く振りをしたって言ったけど、兄さまを思ったら、本当に涙が止まらなくなったのは内緒。
仕方がないよね。今まで兄さまと二日も離れたことがなかったんだから。
またおれは注意深く、鳥井さんと誰かの通話を盗み聞きして、腕にメモしていた。
うまく鳥井さんから逃げ出せた後、兄さまや警察に情報が渡せるように。
「下川那智は手に入った。No.253のツケはNo.254が賄うらしいが、No.254は下川治樹のオプション継続を望んでねえんだろ? 五百万のツケはどこで賄うんだよ。1200万の内、四分の一しか回収できねえとなると、ウチも大赤字だろ……あ? おい無茶言うぜ。そりゃ下川那智を上手く調教できたら、兄貴は手玉に取りやすいだろうさ。けどな、それ俺がしなきゃいけねえのか? 他に適役がいるだろ」
通話する度に、鳥井さんは疲れた顔で「仕事辞めてぇ」と愚痴っていた。無茶ぶりを言われているんだろうけど、相手は誘拐犯で通り魔。同情する気にはなれない。
おれは腕にボールペンでメモしていく。
・No.253のツケ、No.254がまかなう。
・No.254は兄さまのオプションけーぞくを望まない。
・五百万のツケ。
・1200万の内、四分の一しか回収できない。赤字。
・おれのちょーきょう
…………。
(ほんとに役に立つのかな。これ)
暗号だらけの謎メモになったけど、もしかすると後で役立つ情報かもしれない。前向きに考えよう。
おれは鳥井さんの通話が終わる頃合いを見計らって、メモした腕を服の下に隠した。