【2】
翌日の鳥井さんはあんまりスタンガンで脅そうとしてこなかった。
それどころか、腫れ上がった腹部に思うことがあったのか、ドラッグストアに寄るとアイスノンを買って、おれの腹部に当ててくる始末。暴力を振られる覚えはあっても、介抱される覚えはないんだけど……本当におれを刺した通り魔さん、なんだよね? 鳥井さんって。疑ってきたんだけど。
戸惑うおれを余所に、鳥井さんは早くガキのお守から解放されたいと愚痴っていた。
昨晩のことが相当堪えたみたい。
ちょいちょい車を停車させると携帯画面の暗証番号は入れながら、車から降りて誰かと連絡を取っている。
その度に「ガキはどうするんだ」「気のおかしいガキだよ」「誰がへっぽこだ」「未払いの代替えになるのか?」「警察の動きは?」「頼むからお守を代わってくれ」云々かんぬん、愚痴とため息交じりの会話が聞こえた。おれのお守が嫌だと連呼していた。
だったら早く解放してほしいんだけど。おれだって早く兄さまの下に帰りたいよ。
一方、おれは従順におとなしく手間の掛からない、飛び切りのいい子になって、鳥井さんの指示に従うことにした。
昨日散々抵抗したけど、非力なおれの腕じゃまったく相手に歯が立たなかった。どんなに暴れても殴られたり、スタンガンを当てられたり、首を絞められて終わるだけ。鳥井さんにダメージは与えられない。
つまりそれは正面から勝負を仕掛けても、勝てる見込みがゼロだということ。
だから一旦、身を引いて、敗北者らしい態度を取ることにした。
悔しいけど、それが正しい選択だと思った。
いつぞか、兄さまだって言っていたじゃないか。
強くなりたいと言っていたおれに、『体格差で負けると分かった時点で引け』って。
どんなに意気込んでも体格差、力の差がある時点で、努力だけじゃどうにもならない。正面勝負に持ち込んだところでも、気持ちで乗り切れるほど現実は甘くない。本当に勝ちたいなら引くことも必要。
それも大切な駆け引きだって、おれはおれのやり方で勝負するべきだって、兄さまは教えてくれた。
それを実行するべく、おれは従順に鳥井さんの指示に従った。
車内で暴れることは一切やめて、後部席や助手席でおとなしく景色を眺めたり、ボールペンを触ったり、眠くなったら瞼を下ろして仮眠を取ったり。軽食を渡されたら残さず食べたし、外に連れ出されたら鳥井さんの隣を歩いた。
あんまりにも態度が急変したものだから、鳥井さんが疑心暗鬼になった。
隙を突いて逃げるんじゃ、と考えたみたい。まさしくその通り。おれは隙を突くために、いい子を貫いた。人形のように鳥井さんの傍にいた。