(兄さま、ひとりにしてしまってごめんね)
隙のないつよい人間だと思われている兄さまは、本当は繊細でさみしがり屋の甘えん坊。
ひとりぼっちを何より嫌う兄さまは、今ごろ泣いていないかな。どうして、ひとりぼっちにしたのだと、おれに怒っているかもしれない。ごめんね、兄さま。ずっと一緒にいると約束したのに。
だけど、ぜったいにおれは帰るから、兄さまの下に帰るから。やくそく。
「ばっ、何しているんだガキ!」
長いことスタンガンを当てていたみたい。
鳥井さんが慌てふためいて、スタンガンを腹部から外していた。
「気が狂ったかお前。自分で当てるばかがどこにいるんだ」
笑っちゃうくらい鳥井さんが慌てている。
おかしいね。鳥井さんはおれの腹部を刺した通り魔なのに、おれを攫った誘拐犯なのに、殴って首を絞めてスタンガンで躾けようとしたのに。自分でスタンガンを当てただけで、どうしてそんなに慌てているのだろう? おかしくてふしぎな人だ。
おれが小さく笑うと、鳥井さんが面を食らったように頭を掻いて、舌打ちを鳴らした。
「なんてガキだよ。くそ」
鳥井さんが苦々しく唸ると車内灯を点けて、おれのシャツをたくし上げる。
おれの腹部は火ぶくれしたように、真っ赤に腫れ上がっていた。何度もスタンガンを当てられたんだから、腫れるのはしょうがないこと。傷口もひりひり痛んで仕方がないけど、我慢できない痛みじゃない。
なのに鳥井さんは思い詰めたように腹部を見つめると、そっとシャツを下ろした。
「寝ろ。今日はもうスタンガンは出さねえから」
首をかしげるおれに、「いいから寝ろ」と怒鳴られてしまった。
他人の怒鳴り声は暴力より怖い。やっぱり他人は怖いや。おかしいね、スタンガンで脅された時は全然恐怖心を抱かなかったのに。
おれは素直に頷くと、体を右に向けて身を丸くした。その際、右手にボールペンがあることを確認。しっかり握られていることを確かめると、おれはゆるりと目を閉じた。
痛みの余韻を感じながら、声なき声で兄さまを呼ぶ。脳裏で兄さまが笑い掛けてくれた。それがうれしかった。
「……弟、か」
遠のく意識の中、鳥井さんの苦々しい声が聞こえた。