「お前の兄貴は多方面から恨みやら好意を買っている、かなりの人気者。そんな兄貴は他者に対してまったく隙を見せず、相手取ろうものなら返り討ちに遭いかねない。だから兄貴が唯一心を許している弟、下川那智が標的として挙がった」
ああ、本当にお前は災難だな。可哀想なほど災難。
下川治樹の弟という理由だけで狙われた。自分のような汚らしい男に目をつけられ、腹部に一生消えない傷をつけられ、挙句の果てにこうして攫われてしまうのだから。鳥井さんは皮肉ったように同情して笑う。
「まあ、そんなお前も兄貴にべったりなせいで、つよい嫉妬を買っているようだけどな。兄貴から自立させろなんざ、お前にとって余計なお節介だろうに」
まったく話の意味が分からないけど、この騒動に兄さまが深く関わっていること。鳥井さんがあの時の通り魔であること。おれが兄さまの弱点になっていること。そしておれが嫉妬対象になっていることだけは分かった。
(鳥井さんが通り魔、ということはストーカーでもあるのかな?)
ストーカーってことはおれに好意を抱いている……わけもないか。
さっきからスタンガンで感電させてきたり、殴ってきたり、首を絞めてきたりしているし、腹部を刺したのもこの人だから好意よりも、むしろ悪意を抱いているはずだ。
(悪意を抱いている、ということはおれは殺されるのかな)
殺される現実が身近にあるのは怖いけれど、それ以上に疑問が出てくる。
鳥井さんは目的があっておれを攫った。
単純に殺す目的なら、とっくにおれは殺されていると思う。逃げようと暴れるおれを暴力で抑え込むより、とっとと殺した方が労力も少なくて済むと思うんだ。
なのに、わざわざおれを暴力でおとなしくさせたり、コンビニで軽食を買ってそれを与えたり……殺そうとする素振りは見せない。それどころか、自分が通り魔だと正体を明かしてくる始末。それは一体全体どうしてなのか。
(……殺す以上の価値が、おれにあるってことかな?)
それこそ兄さまに精神的なダメージを与えるために、わざと生かされている可能性もある。
だとしたら、おれは傷つかないようにしないと。何をされても、平気だったと笑い飛ばさないと。兄さまはおれの傷を自分のことのように思ってしまう節があるから。