悪態をついてくる知らないお兄さんは、事あるごとにスタンガンでおれを脅すようになる。
たとえば、後部席で暴れまくったおれを見張る目的で助手席に移動させた時に、「今度暴れたらまた痛い思いするぜ」
たとえば、コンビニで軽食と用を足すために車から降りる際も、「妙な真似をしたらどうなるか分かってるよな」
たとえば、コンビニ入るために手錠を外された時も、スイッチの入っていないスタンガンを横っ腹に当てられて、「必ず俺の隣にいろ。いいな?」
とにかく脅されまくった。
コンビニのトイレで用を足した後、おれはコンビニの店員さんに助けを求めようとしたけど、声が出ないうえに知らないお兄さんがずっと隣に貼り付いている。
トイレから出た瞬間、腕を掴んで車に戻そうとするんだもん。体を突き飛ばして逃げようとも思ったけど、相手の方が力は上。非力なおれじゃどうしようもなかった。
コンビニの店員さんと目が合って、口パクで『タスケテ』と言ってみたけど、伝わらずに怪訝な顔をされてしまった。ああ、兄さまだったらきっと通じてくれるのに。
結局、助けを得られず、おれの力じゃどうにもできず、ただただ相手に従うしかなかった。
(日が暮れちゃった。兄さま、心配しているだろうな)
おれはコンビニで買い与えられたメロンパンを口にしながら外の景色を眺める。
大好きなメロンパンなのに、全然甘みを感じない。いつもなら美味しくて、兄さまと半分こするのに。
車を運転しているお兄さんの名前は『鳥井さん』と言うらしい。
直接本人から聞いたわけじゃないけど、車載ホルダーに設置している携帯と通話している会話で、お兄さんの名前を知った。ただ鳥井さんは自分の名前を呼ばれるのを好まないのか、会話する相手に「コードネームで呼べって。仕事中だぞ」と疲れた声で悪態をついていた。コードネームなんて、映画とかアニメでしか聞いたことない単語だ。本当に存在するんだね。
鳥井さんのコードネームは烏らしい。
だから真っ黒な格好をしているのかな。車も服装も真っ黒くろすけだもん。
「恨むなら、お前の兄貴を恨めよ」
鳥井さんとまともに会話したのは、メロンパンを食べ終わって、しばらく経った頃。
手持ち無沙汰になっていたおれはボールペンを触りながら、ひたすら夜景を眺めて過ごしていた。
とりあえず、従順におとなしく過ごしていたつもり。いま抵抗しても、またスタンガンを当てられる可能性が大きいから。お母さんに暴力を振られるよりかは我慢できるけど、やっぱり痛いのは嫌いだ。できることなら痛いことはされたくない。
しんと静まり返る車内に堪えかねたのか、鳥井さんから話を振ってきた。
そして言う。おれがこんな目に遭っているのは兄さまが原因にある、と。