(やだっ、やだってば! あんた誰だよ!)


 結局、手足を動かすことしかできない。

 おれは相手の体を押して、叩いて、どうにかその手から逃れようと抵抗した。
 だけど知らないお兄さんは駐車場にとめていた黒光りの車の後部席に、おれを押し込むと革ジャンのポケットからスタンガンを取り出して、手早くそれをおれの腹部に、それも傷口に当ててきた。

 腹部に焼かれるような、激しい痛みが襲いかかる。
 おれは悲鳴になれなかった掠れた音を口から出して抵抗をやめる。あまりの痛みに生理的な涙が流れる。うまく体が動かせなくなった。呼吸の仕方を忘れてしまった。
 それでも、兄さまとお揃いのボールペンだけはつよく握り締めていた。

「声が出せねえのは本当のようだな。都合が良いよ」

 知らないお兄さんはおれの腕を後ろで組ませ、両手首に手錠を掛ける。
 それが終わると運転席に移動し、喧騒する病院から逃げるように車を発進させた。
 やっと体から痛みが抜ける頃には、知らない町並みの中を車が進んでいるものだから、おれはただただ困惑。誘拐されたと理解するのに、しばらく時間が掛かった。

(どうにか逃げないと……兄さまの下に帰らないと)

 急いで車から降りなきゃ。逃げなきゃ。どこかの家に飛び込んで助けを求めなきゃ。と、思いに駆られて後部席で暴れた。運転席を蹴って激しく抵抗した。
 他人に対する恐怖より、兄さまと離れる恐怖の方が強かった。

 だけど、おれの復活に気づくや、知らないお兄さんは適当な場所で車をとめると、後部席に回ってスタンガンを手足に当ててきた。痛みに涙が出そうになったけど、それでも負けん気強く抵抗すると、頬を引っ叩かれた。腹部を殴られた。首を絞められた。もう一回スタンガンを当てられた。
 暴力の痛みなら多少耐性があるおれだけど、何度もスタンガンを当てられると、さすがに体が痙攣を始めてしまう。感電の痛みにはあまり耐性がなかったみたい。

(ボールペン……)

 おれはぐったりと座席に身を沈めながら、なおも背中の後ろで拘束されている両手を動かし、ボールペンの存在を確かめる。良かった、ちゃんと右手にいる。兄さまとお揃いのボールペン。
 これだけは手放せない。これだけは……お揃いのボールペンを持っていることで、兄さまと繋がっている気がしているから。

「ったく。やっと静かになってくれた。意外とタフなガキだよお前。あの時だって、深く刺したつもりなのにしぶとく生き延びるとは……」

 深く刺したつもりなのにしぶとく生き延びる?
 あれ、それじゃあ、この人は、このお兄さんの正体は……正体は……。