だけど現実、兄さまとおれって結構好きなものが違う。
 おれはテレビっ子でドラマやアニメが大好き、植物が大好きだけど、兄さまはおれとはまったく違った趣味を持っている。

(兄さまは洋楽や珈琲、推理小説が好きだもんな。不良とつるんでいた影響で、煙草も時々吸っているし)

 おれと違って趣味がすごく大人。
 がんばって兄さまのまねをしようとしても、洋楽は聴いてもチンプンカンプン。珈琲はカフェオレくらいしか飲めないし、推理小説は児童本なら読める程度。煙草はそもそも兄さまが触らせてくれない。
 かなしきかな、全然兄さまと趣味が合わないんだ。
 おなじ環境で育ったのに、どうしてここまで趣味が違うんだろう? すごく不思議だ。

(そういえば、兄さま……福島さんのことをどう思う? って聞いてきたな)

 どう思うも何も、花屋さんで働いている優しいお姉さん、としか思うことはないんだけど。
 人見知りが激しいおれに苛々せず、きちんと話を聞いてくれるから。

 あとはうーん。

(……兄さまには口が裂けても言えないけど、福島さんって、どこか兄さまに似ているんだよな)

 おれに園芸を話を振ってくる時の、優しい雰囲気とか、世話を焼いてくれるところとか。
 時々兄さまの面影を思わせる、なにかを感じる。
 特におれがしどろもどろに返事した後の、微笑ましそうに頬を緩ませてくるところが、兄さまの面影を感じる……どうしてだろう? お姉さんはただの他人なのに。

 と、中庭が一段と騒がしくなった。
 どうやら避難していた患者のひとりの容態が急変したようだ。近くにいた看護師さんが、他の大人と力を合わせて患者を運び出している。それはそれは大ごとになっていた。

「きみ、大丈夫だからね」

 え。
 え?
 ……え?

 突然真横から聞こえた、低い声の励ましと同時に体が浮遊した。

 驚き、固まるおれの手からスケッチブックが滑り落ちていく。
 かろうじてボールペンは握り締めていたけど、突然のことに状況が呑めない。どうしておれは知らない人に、知らないお兄さんに抱えられているの?

 抵抗する間もなく、おれの体は中庭から運ばれる。
 黒の革ジャンを羽織った知らないお兄さんは「急患です」と声を張って、駆け足でおれを病院の外へと連れ出した。ようやっと抵抗を思い出し、必死に手足をばたつかせても、つよい力に阻まれるばかり。

 だったら誰かに助けてもらおうと、すれ違う人たちに向かって口を開けて、おれは顔を歪めた。
 喉が絞られる感覚がする。声が表に出る気がしない。出てくれない。ふざけるなよ。なんでこんな時に限って。こんなときにかぎって。