頭が真っ白になったまま、俺は警察署で益田の部下と落ち合い、覆面パトカーで病院まで戻った。

 なぜか福島達が引っ付いてきたが、それに疑問を抱く余裕も、あしらう余裕もない。とにもかくにも、病院に戻って益田から『那智が消えた』詳細について話を聴きたかった。
 那智の病室に駆け足で入ると、空っぽのベッドと車いす。そして益田を筆頭に柴木や勝呂、数人の警察が目に飛び込んでくる。
 「おかえり」と言ってくれるはずの家族は、そこにはいなかった。

「来たか。兄ちゃん」
「益田、一体何が遭ったんだ。那智が消えたって、どういうことだよ」

 そもそも那智が病院から消えるわけがない。
 あいつは報道陣問題を気にかけ、俺に遠慮して、ずっと病室に引きこもっていた。それこそ歩行練習や心理療法(セラピー)以外は、絶対に病室から出ようとしなかった。俺を困らせるような騒動は起こさねえ奴なのに、忽然と病院から姿を消してしまったなんて、そんなの、ぜってぇありえねえのに。

 詰問する俺の心境を理解しているのか、益田は包み隠さずに弟が消えた詳細を教えてくる。

「病院の数か所で発煙筒が使用された。広範囲に渡って白煙は充満。院内にいた人間は火事が発生したと誤認し、たちまち避難騒動となった。医者や看護師は火事の発生元を探りつつ、動ける患者を外に避難させ、重篤な患者は病室にいることを確認したうえで、防火シャッターを閉めて対処した」

 それはそれは大騒動だったと益田は語る。
 那智はリハビリを始めている患者だったため、看護師に連れられるがまま病院の中庭に避難したそうだ。それこそ車いすなしで避難したそうな。那智は長時間の歩行こそ厳しいが、短時間の歩行ならできるくらいに回復している。車いすなしの避難は容易に想像ができた。

 那智が姿を消したのは中庭に避難した後のこと。
 白煙がいたずらだと分かった頃には、どこにも那智の姿がなかったそうだ。
 騒動に混乱し、家族恋しくなって兄の下へ向かった線も考えられたそうだが、長時間の歩行が難しい那智がそんな行動をすると思えない。

 つまり、そう、つまり騒動にまぎれて那智は――――。


「連れ去られた、ということですか?」


 何も言えなくなった俺の代わりに、話を聞いていた福島が疑問を投げる。
 そういうことだと静かに頷く益田は、あのいたずらは建前であり、目的があったのだろうと苦い顔で憶測を述べる。世間には悪質ないたずらで通しているが、その本質はいたずらにあらず、ストーカー事件・通り魔事件の延長だろうとのこと。

 警察が総出を挙げて捜査に乗り出しているらしいが、一体いつになったら那智を取り戻してくれるのやら。