プリザーブドフラワーとは水や日光を浴びせなくていい、世話要らずの花を指すらしい。
 福島は那智のためにプリザーブドフラワーを作ったから、これを渡すのだと言って俺に紙袋を見せてくる。露骨に顔を顰めると、「あんたにはこれね」と言って、小さな冊子を手渡してきた。
 反射的に受け取ってしまった俺は、冊子の表紙を確認。『初心者向け園芸の心得』だぁ?

「これを俺にどうしろと?」
「あげる。ありがたく読みなさい」
「いらねぇんだが」
「じゃあ、誰が那智くんと園芸の話をするのよ。いまの那智くん、満足に外も出られないんでしょ? あの子、本当に植物の話をすると喜ぶんだから。それとも何、毎日あたしが病室に遊びに行ってもいいの?」

 痛いところ突いてくる福島にぐうの音も出ない。

 那智の植物好きは、誰でもない俺が知っている。
 立派に育てたハーブはいつも俺に報告してきたし、それを料理に入れて俺を喜ばそうともしていた。いまの那智は植物を育てることもできず、病室に引きこもってテレビを観たり、本を読んだり、勉強をするばかり。散歩に誘っても報道陣を気にして遠慮するばかり。
 歩行練習を重ねているおかげで、車いす移動も少なくなったが、移動する範囲は病室か、リハビリ室か、心理療法(セラピー)室。
 退院したら色んなところに連れてってやりたいけど、生活が落ち着くまでは……な。

 無言で冊子をショルダーバッグに捩じり込むと、福島が小さく笑ってくる。

「なんだよ」
「意外と素直なんだなって思っただけよ」
「うっせぇ」
「ねえ下川。ちょっと寄り道したいから付き合って」
「はあ?」

 素っ頓狂な声をあげる俺を余所に、福島は駅前の雑貨屋に行きたいと申し出てきた。ひとりで行け、と言ってもこの女はちっとも話を聞かない。
 ちょっと見舞いに買ってあげたいものがあるのだと言い、半ば強引に俺の腕を引いて連行した。振り払っても振り払っても、ちっとも離そうとしない福島の粘着質の高さに、俺の方が音をあげてしまった。まじで勘弁してくれよ。疲れるんだけど、この女。

 結局、小じゃれた雑貨屋に入ることになった俺は、福島からお目当てのブランケットを見せつけられる。

「那智くんが車いす生活をしているって聞いて、ブランケットを買ってあげようと思ったの。歩けるようになっても、ブランケットなら使えるでしょう? 寒がりだって聞いてるし」

「そんなん上着とかで良くね?」
「何言ってるのよ。ブランケットは便利なのよ。肩から掛けることも、膝に掛けることもできるんだから。上着だと皺になっちゃうでしょ? ほら下川、何ぼさっとしているのよ。柄を決めて」
「は? なんで」
「あんたが選んだ方が、那智くんも喜ぶからに決まっているからでしょ? ああそうだ。あんたも一緒に買っておきなさいよ。お揃いだと喜ぶんじゃない?」