【8】


 結論から言って、実家に赴いたのは無駄足だった。

 約一年ぶりに帰宅したものの、目ぼしい情報はこれっぽっちも見つからなかった。
 もちろん、ババアのこと母さんの姿はなく、二階建の一軒家は生活感だけ残している状態。郵便物が溜まっている様子からして、少なくとも二、三ヶ月は誰もこの家を使用していないようだ。
 母親の部屋をくまなく調べてみたが、出てくるのは服、服、また服。時々化粧品と避妊具が出てくる程度。財布や携帯といった貴重品は、さすがに手前で所持しているんだろう。部屋から出てくることはなかった。

「あんたの母親って、ブランド好きなのね。このコフレ、三万はくだらない代物なんだけど」

 化粧品が詰まったポーチを見るなり、福島はそれの価値を俺に教えてくれる。
 おおかた恋人に買わせた代物なんだろう。無駄にババアの顔は良いからな。おかげで、その血を色濃く受け継いだ那智は、あんまり自分の顔を好きじゃない、と言っていたけど。俺も親父の面影を感じさせる、この顔はあんま好きじゃねえから気持ちは分かる。

 母親の部屋、リビング、客間、台所、風呂場にトイレに足をのばしたが手掛かりはゼロ。
 興味本位で俺や那智が使っていた子供部屋も覗いてみたが、手を付けられた様子はない。色の剥げたランドセルや薄っぺらいせんべい敷布団が放置されたままになっていた。

 何も見つからないまま実家を後にした俺と福島は、その足で那智のいる病院へと向かうことを決めた。
 手掛かりがありそうな場所は調べ尽くしたんだ。実家に赴いたのは無駄足になっちまったが、親父の書斎で情報は手に入った。それだけでも大収穫と言っていいだろう。
 今後の予定としては株式会社チェリー・チェリー・ボーイを詳細に調べることだろうが、いまそれに手を付ければ日が暮れかねない。那智には昼過ぎに帰ると言っているし、福島は見舞いに来る気満々。今日の調査はこれにて仕舞いにするべきだろう。見舞いなんざ腹が立ってしゃーないんだが……。

「下川。あんた、あたしを撒こうとしても無駄よ」

 歩調を早める俺の隣をぴったりと貼り付く福島は、こっちの目論見をあっさり見破っているようだ。
 盛大な舌打ちを鳴らすと、「ガキね」と鼻で笑ってきやがった。ぶっ飛ばすぞクソ女。

「これから警察署に向かう。那智のいる病院までは、警察の人間に送ってもらう予定だ」
「警察署に?」

「那智は今もストーカー野郎に狙われている。そのうえ報道陣が少しでも茶の間に面白話題を流そうと弟に(たか)ろうとしている。そのせいで那智は転院を余儀なくされた。だから部外者を通す時は、一旦警察の目を通してもらうって寸法だ。親父が病室を奇襲したこともあって、俺はもちろん警察も部外者には神経質になっているんだよ」

「言い換えれば、弟くんの居場所を知る人間を絞っておきたいってことね」
「そういうことだ。いまからでも間に合うぞ。帰れ」
「イヤよ。あたしは那智くんと会うまでは帰らない。あの子のために、店長と一緒にプリザーブドフラワーを作ったんだから」