「俺のババアが六千万に関わっている保証はねえが、情報収集はするべきだろう。実家に手掛かりがあるかもしれねぇ」
「だけど、あんた……実家に帰って大丈夫なの?」
「はあ? やる気あんのかお前」
「ばか。あたしはあんたに気を遣っているのよ。実家に良い思い出なんてないでしょう?」
「お前はつくづく変な女だな。なんで俺に気を遣うんだ?」
確かに実家に帰って思い出に苦しむ可能性があるは俺だが、そりゃ俺自身の問題。福島が気遣う理由が見当たらない。他人に気遣われたところで、理解に苦しむだけだから困るんだが。気持ちわりぃな。
眉根を寄せる俺を哀れむように、そして呆れたように、福島は複雑そうな顔でため息をつく。
「あんたって、本当に他人に興味が無いのね」
「なんで興味を持つ必要があるんだ?」
「興味を持てば、少しは他人の気持ちを察する男になれるのに」
「それが俺にとってなんの得があるんだよ」
本気で意味が分からない、俺は福島を怪訝な目で見つめる。
「他人に興味がないから、恐怖すら感じていない……なんてないわよね」
「どういう意味だ?」
「普通に考えてみてよ。いまのあんた、妙ちきりんな会社に情報を売られているのよ。その原因がじつの父親。母親だって関係しているかもしれないのに」
普通は恐怖を抱くものではないか、と福島。
なのに下川治樹という男は平然と見積書や手紙に目を通し、実家に行くと提案してきた。感情を一切見せず。些少の恐怖すら見せないのだから、それが恐ろしくもあり不気味だと福島は語った。
この現状に恐怖しないのか? そう問われた俺は、特に思うことは無い、と返事する。
「親父が息子、特に俺に対して嫌悪感を抱いていたのは知っていたしな。さすがに通り魔事件と関わっていたなんざ、予想はつかなかったが、その程度。べつに思うことはねえ。ああ、だけど……そうだな」
俺と那智の平穏を崩したことには思うことはある。
それこそ通り魔事件と関わっているのなら、俺はそれ相応のことを親父に返してやらなきゃなんねえだろう。あいつは那智を俺から奪おうとした。この世で絶対にやっちゃいけねえことをしようとした。
俺はいつもダメなことを暴力で教えられた。
理不尽な理由でも、ダメなことはダメと暴力で教えられた。
じゃあ親父にもダメだって教えてやらねえと。お前のしたことはダメなことなんだぞって。
ああ、あいつを甚振ったら、どんな声で鳴いてくれるんだろう。
想像するだけで興奮する。母さんを殴った時みてぇに命乞いするのかどうか。力もねえくせに、偉そうに支配していた人間を無様に屈服させるのはすげぇ楽しい。まじで楽しい――親父が釈放されたら、いっそダメを体に教えて良いかもしれねぇな。うん、考えておこう。
母さんが関わっているのなら、あいつにもダメだって教えてやらねえと。
んでもって、それを那智に話すんだ。
きっとあいつは『いい子』だって褒めてくれる。優しい笑顔で、たくさん『いい子』だって褒めて、頭を撫でてくれる。ぎゅっと抱きしめてくれる。いっぱい愛してくれる。
那智に褒められたいから、たくさん頑張らないと。兄さまは頑張らないと。
思っていたことが口に出ていたようで、福島が物言いたげな眼を飛ばしてきた。
「……なるほどね、あんたは実親の行いに対して、恐怖を微塵も抱いていないのね」
「あいつらに恐怖していた時代なんて、とっくに終わっている。どんなに暴力を振るってこようが、裏社会とやらに情報を売ろうが、俺にとっちゃどうでもいいんだよ」
本当にどうでもいい。
親父がどれほど息子らに恨みを抱いていようが、ババアが今の息子らをどう思っていようが、俺には知ったこっちゃない。
俺には弟がいる。弟さえいればいい。俺の世界は弟で完成されている。