それでも、福島と手を組むと決めたのは俺だし、親父の書斎に赴いて手掛かりを掴みたい気持ちも強い。利用できるところは利用した方が賢明だろう。
冷静に考えても、那智に会わせるだけで情報が掴めるんだ。お得もお得。超お得。バーゲンセール並にお得と言ってもいいくらいに。
(那智と福島を会わせたくないのは、俺個人の気持ちの問題だ)
福島は那智に正体を明かさないと言っていたが、その約束が破られる可能性は十分ある。
一方的に那智を弟として見ている福島だ。俺の見ていないところで正体を明かし、那智に半分だけ血の繋がった姉だと告げることで距離を縮めることだってあり得る。それこそ俺の立ち位置を脅かすことだってあり得るわけで……。
なによりも、福島には怪しい点がいくつもある。
たとえば福島が俺ん家のアパートの賃貸借契約書と合鍵を俺に返してきた行為。
親父が所持していたものを、一時的に福島が預かっていた。
それはつまり、いつだってあの部屋に忍び込むことが可能だということ。
契約書には住所が載っている。合鍵とワンセットなら、堂々と玄関から入ることができる。福島の行動力を持ってすれば、考えられる範囲だ。なにせ異母兄弟を知るために、わざわざ俺と同じ大学を受験したり、那智の通う花屋のアルバイト店員になったんだからな。怖え女だよ。
手を組んだから歯牙に懸けない、というのはあまりにも愚かだ。
手を組んだからこそ俺自身、福島の言動を間近で監視できる。見張れる範囲で福島を見張りたい。異母兄弟に憎しみを抱いていたと知っているからこそ、な。
「聞いてる下川?」
「あんだよ」
いつの間にか自分の思考に耽っていた俺は聞いてなかった、と鼻を鳴らして返事をする。
そうだと思った、と言って呆れる福島は分厚い書類の束を持って、ソファーの肘掛けに腰掛ける。
どうやら福島も親父の抜け殻が散乱しているソファーには座りたくないようだ。わざわざ肘掛けに抜け殻がないかどうかを確認してから、腰を下ろしていた。
「那智くんに今日の話はしているのかって聞いてるの。突然、お見舞いに行っても迷惑だろうし」
「じゃあ来るなよ」
「ガキ」
「うっせぇーな」
「で?」
「……チッ。見舞いの話はした。昼過ぎに来ることは知っている。ただ、あいつは俺以外の人間と筆談でしかコミュニケーションが取れない。だからズケズケと話し掛けるんじゃねえぞ。那智がテンパっちまう」
那智の筆談コミュニケーションは今も健在だ。
退院の目途がついても、他人相手だとまったく声が出せず、本人も悩んでいる。心理療法を受け始めたから、少しは声が出せると高を括っていたそうだが、変化は見受けられない。
俺はちっとも構わないが、那智は自分の心の弱さがそうしているのではないかと落ち込み、これが弱点になるかもしれない。声が出せないことで支障が出るかもしれない、と俺に相談してきた。
それについては少しだけ思うこともある。
那智が俺以外の人間と話すことができない。それは心躍る状況だが、裏を返せば“何か遭った時”に声が出せなくて弱点となってしまうやもしれない、ということ。
犯人が捕まっていれば、そういう懸念もないんだが、生憎犯人は逃走中。声は出せた方が良いだろう。
はあ。理想と現実がここまで相反するなんてな。