社会の地位を失いたくないお父さんは夏休みの間、毎日のように家に通った。
力で訴えても無駄だと分かるや、お金で解決しようとした。お父さんは察していたんだと思う。兄さまが、自分にとって不都合な弱みをいくつも握っているのだと。
悪かったと、お前達を見捨てたつもりはないと情に訴えて、何度も思い留まるよう、兄さまに説得していた。
変な気持ちになってしまう。
見捨てたつもりがないなら、どうして今まで助けてくれなかったんだろう。おれも兄さまも、お父さんに沢山助けてって言ったのに。
「あーやだやだ。オトナってのは、すぐに手のひらを返す」
不快感を示しながら、兄さまは条件をつける。
「あんたとババアに守ってもらいたい条件は三つだ」
一つ、兄弟が来年この家に出る許可。
一つ、兄弟が家を出た後の生活援助。
一つ、兄弟が就職するまでの学費負担。
これらを守ることができないなら、今すぐにでも警察に駆け込む。
警察が動かないなら、児童相談所に行く。それも無理なら、せめて、お父さんの大切にしている家庭に飛び込む。兄さまはそうお父さんに、何度も脅しを掛けていた。
(家を出られるんだ。おれ達)
兄さまはいつも夢を口にしていた。
いつか、必ずこの家を出よう。ふたりで自由を手に入れよう。ふたりで生きていこうって。
現実になったのは、翌年の三月。
晴れて私立の有名大学に受かった兄さまと共に、おれは兄さまと育った家を後にした。
「マンションにすりゃあ良かったな。狭いし、ぼろい」
隣町でアパートを借りた、一階の101号室が新しいお家だった。
今まで一軒家暮らしだったせいか、2DKのベランダなしはとても狭く見える。
しかも、ちょっとぼろい。
兄さまは不満そうに、「あのクソ親父」と、舌打ちを鳴らしていた。