するとどうだ。
十分足らずで那智は回復し、腹痛が治まったと大喜びした。なんなら腹が減ったから、と冷め始めた夕飯を食べようとする始末。
待て待て待て、腹痛はどうした腹痛は。そんなに早く腹痛が治るもんかよ。
「那智。今晩は汁物と果物だけにしとけ」
「ええ? おれ……お腹減りました」
「さっきまで死ぬほど腹痛を起こしていただろうが」
「そうですけど。そうですけどぉ……お腹痛いのはうそじゃなかったんです。本当に痛かったんですよ」
「んなの、見てりゃ分かるっつーの。俺はお前の兄さまだぞ。お前が嘘ついているかどうかなんざ、ひと目で分かるって。とにかく汁物と果物だけでおしまいだ。おしまい」
白飯と白身魚を取り上げると、那智はしょぼくれたように汁物を啜り始めた。
そんな恨めしい目をしてもダメだからな。この白飯と白身魚は俺がおかずとして食う。食うったら食う。
(突発的に傷口が痛んだのか? ……後遺症とかじゃねえよな)
弟の症状に不安を覚えた俺は夕食後、看護師に声を掛けて担当医に相談を持ちかけた。
当時の様子を事細かに聞いた担当医は、俺の話にひとつ頷いて「ストレスでしょうね」と返事した。
「人は許容範囲以上のストレスを受けると心身に様々な影響を及ぼします。那智くんの場合は刃傷を受けて命の危機に晒されました。それゆえ、ふとした拍子にフラッシュバックが起きたり、無意識に恐怖心を思い出してしまうのではないかと。ご家庭の事情も相まって、腹痛を起こしたのやもしれませんね」
「ストレス……ですか」
「トイレに籠るほど痛かった腹痛がぴたりと治ったのは、お兄さんが帰宅したことで安心したのだと思いますよ。ひとりで過ごしていた時間がとても不安だったんじゃないかと。じつは那智くん、歩行練習後はいつも落ち込んでいるようなのですよ」
「落ち込んでいる?」
「ええ。リハビリ室には小さなお子さんやご年配の方、親子連れ……色んな方がいらっしゃいますので、それを目にして、思うことがあるのやもしれません。那智くん、最近お兄さんに甘えたりしていませんか?」
身に覚えはある。
歩行練習後、褒められたいからと電話をもらったことがあったしな。
あの日はいっしょに昼飯を取るために予定を切り上げて病院に帰ったが……そうか、俺が想像している以上に那智はさみしさを覚えているのか。そっか、那智はさみしいのか。そっか、そっかー。