「那智くんの通り魔事件、あの男が絡んでいるみたいなの」
俺は手帳を閉じ、それをテーブルに置いた。
「その根拠は?」
「あの男の書斎から妙な見積書や手紙のやり取りが出てきたのと……あんたが納得しそうな話で言えば、彩加の件ね。あたしの友達に歩み寄って、下川の連絡先を教えたのはあの男だった。その連絡先がニセモノとも知らず、彩加はすっかりあんたにお熱になった」
そこで疑問が提示される。
なぜ、親父がニセモノの連絡先を高村彩加に渡したのか。
おおよそ下川治樹を騙ってメッセージをやり取りしたのは、親父だと考えるのが筋だ。
フェイク交じりとはいえ、高村は俺の家庭事情を知っていた。弟の自立はちっとも願ってねえが、ババアがネグレクトってのは半分当たっていたしな。親父が高村の恋心と同情心を利用して、俺に接近させようとしていたのなら、高村にニセモノの連絡先を渡した理由もつく。
なにより、俺は親父の恨みを買っている。その自覚はあった。
高村を利用して俺らの仲を引っ掻きまわしたのかもしれねえな。あの女、普通じゃねえと自負する俺ですらドン引く思い込み病があるみてぇだし。
とはいえ、通り魔事件と親父が絡んでいる、と断言するには判断材料が足りねえ。
福島が手帳を指さし、最後のページを見るよう指示した。
ふたたび手帳を手に取った俺は、言われたページをめくる。
そこには吐き気のする写真が挟まっていた。遠目だが花屋の前で倒れている血まみれの那智やら、うろたえている俺やら、止血を試みている優一やら、野次馬やらが収まっている。
写真を抜き出して裏を返す。そこには『3,000,000』と意味深な数字が刻まれていた。ふうん、ずいぶんと面白そうな暗号だな。三百万と読んでいいのか? こりゃ。
「福島。妙な見積書が出てきたって言っていたな」
「ええ」
「それはどこにある?」
「交渉に応じたら見せるわ」
なるほどね、簡単に見せる気はねえと。
俺は手帳を閉じると、それを指で挟み、ひらひらと福島の前に翳した。
「那智を刺した通り魔のこと、ストーカー野郎は未だ捕まっていない。一方で親父は警察沙汰を起こして御用となっている。その親父が通り魔事件に関わっている、と……なかなかに興味深い話だが、お前の目的が見えねえ」
俺は手を組みたいと申し出る女に視線を投げ、本当の目的はなんだ、と尋ねた。
一方的に那智を弟だと思いを寄せた結果、つよい正義感に駆られ、俺と手を組みたいと交渉しに来たわけじゃないだろう。もしそうなら、俺に交渉するよりも警察に相談した方が手間も掛からない。警察だって今、世間からバッシングを受けているせいで、喉から手が出るほど通り魔の情報を欲しているだろうから、福島の話は素直に耳を傾けるはずだ。
なのにこの女は、忌まわしい異母兄弟の俺に交渉を持ちかけてきた。警察を介さず。
まずそこが不気味だ。
福島から提供された情報を持って、俺が警察に相談すると可能性だってあるのに……まあ、今のところ警察に情報を提供するつもりはねえけど。