利用する気が無くなっても、福島の興味は那智に向いたままだった。
那智は福島の草花の知識を熱心に聞いた。
雑談に料理や動物、テレビの話を振れば、それも楽しそうに聞くようになった。
那智から会話を振ることは滅多にないが、それでも福島が声を掛ければ、素直な反応を見せるようになった。激しい人見知りを見せることが無くなった。大好きな兄のことをたくさん語るようになった。距離が縮まれば縮まるほど、異母兄弟に対して別の感情が生まれたのだと福島は語る。
「那智くんはあたしの正体を知らない。仲良くしてくれる花屋のお姉さん、として見ているだけ。一方のあたしは利用目的で近づいていたはずなのに……いつの間にか“あたしの弟”だったら良かったのに、と思うようになった。ある意味、片思いなのかもね。半分は他人なのに」
「他人だ。それは覆らねえよ。くそが」
「ホントあんたってガキね。そんなに那智くんに近づかれるのは嫌?」
「嫌悪どころの話じゃねえ。嫉妬のあまり狂いそうになる。俺は親父から愛情とやらを受けなくても平気だ。ババアや恋人から暴力を受けても耐えればいいだけ。そこまで恐怖はねえ。けどな、弟だけは話はべつだ」
お前は知らねえだろ。
俺がどれだけ那智に依存しているのか。救われたか。支えられたか。
異母兄弟? 半分血が繋がっている? 一方的に弟と見ている?
うるせぇよ。お前は今まで両親とやらに愛情を注がれていたんだろうが。家庭が壊れようが何だろうが、その事実は変わらないはず。
なのに今さら那智に愛情を求める。ンな都合の良い話があるか。反吐が出る。ああ胸糞わるい。ああ吐き気がする。ああ目の前の女を殴り飛ばしてやりたい。
辛らつに胸の内を吐き捨てると、福島は「あんたは那智くんが大事なのよね?」と、念を押してくる。
お前は今まで俺の悪態の何を聞いていたんだ。耳腐ってんじゃねーの?
呆れる俺を見つめ、福島は自分も那智が大切だと良い、交渉を持ちかけてきた。
「ここからが本題。下川、あんたと手を組みたい。そのために連絡をしたの」
「手を組む? そりゃまた突拍子もなくご大層な話だな?」
小ばかにする俺の前に、福島が一冊の手帳を置いた。
福島道雄の書斎から出てきたと話すその中身は、走り書きでどこかの連絡先の電話番号やら住所やら、俺ん家のアパートの住所やら、俺や那智の一日の行動が事細かに綴られている。ご丁寧に俺の名前の隣には『弱点:弟』と記されているもんだから笑っちまう。
なによりも気になったのが下川芙美子、つまり俺達の母親の名前がボールペンで三十四重に塗りつぶしされている点だ。感情的になったのがこれで見て取れる。