『Flower Life』のバイトに受かって、いざ異母兄弟に近づくも、那智は人見知りが激しくて、会話という会話が叶わなかった。
挨拶すら儘ならないのだから、利用もくそもあったもんじゃない。
福島は那智と接近するため、根気強く話し掛けることにした。
最初は挨拶から。挨拶を返されるようになったら、草花の話題を振って、那智と距離を縮めるために努めた。
少しでも気を許してもらうために、知識のない草花を勉強した。
それこそ季節花の育て方からガーデニングから、草花に関することは何でも勉強したとのこと。
興味のない草花を勉強するのは苦痛で仕方がなかったらしいが、努力の甲斐あって、那智は興味を持って福島の話に耳を傾けるようになった。相づちやたどたどしい返事をくれるようになった。
福島は距離が縮まったことに、不本意ながら喜びを見出したそうだ。相手は自分の家庭を壊した原因の異母兄弟なのに。
「とはいえ、那智くんが一番に懐いたのは店長だった。店長はズケズケと話し掛けるあたしと違って、いつも那智くんのペースに合わせて話していたから居心地が良かったんでしょうね。本当は一番に懐かせるつもりだったのに」
那智が『Flower Life』に通い始めて半年。
店長や福島と会話することが多くなった那智の口から、家族の話が出るようになった。
それはもっぱら「兄」の話で、それ以外がまるで出てこない。
不思議に思った福島が両親のことを聞くと、那智は困ったように眉を下げて、小さく首を横に振るだけ。服の下に隠された腕の傷痕を目にして、ようやっと“そういう環境”にいたのだと察したという。
「利用する気も、八つ当たりする気も失せちゃったわ。とっくに壊れていた家庭を、あたしが改めて壊すところなんて無いもの。強いていえば、二人暮らしをしているあんた達の仲を壊すことくらいだけど、無理だと察したわ」
「へえ。無理な理由を聞いても?」
「那智くんがあんたのことを、本当に大切に思っているからよ。あんた知らないでしょ。那智くんが中学生の自分でも、花屋で働けるかどうか相談してきたことを」
「は? なんだそれ」
初耳なんだけど。
確かに那智は不登校になっていることに負い目を感じていたし、自分も働いた方がいいか、時々悩んでいる節はあったが……働けるかどうか、花屋に相談していたのは知らなかった。
「店長が理由を聞いたら、『兄さまばかり働かせているから』とか、『兄さまに好きな物を買ってあげたい』とか、嫉妬するくらいあんたのことばっかり。自分のお小遣いは欲しくないの? って聞いたら、『兄さまがいるからいらない』だって。泣かせるわね。店長からは高校生の年になったらおいで、と言われていたわ」
「…………」
「あんたに言われるならまだしも、あたしなんかがちょっかい出したところで那智くんの気持ちは変えられない。それに気づいて、素直に無理だと思ったの。あんな良い子、普通に探してもいないわよ」