――カモミールが欲しい。
思えば、そこから那智の災難は始まった気がする。
カモミールが欲しい。それをストーカー野郎に掴まれて、家に送りつけられた。
カモミールが欲しい。そのために兄と花屋へ向かった結果、カモミールを選んだ直後に出刃包丁で刺された。
カモミールが欲しい。そう思ったせいで今も那智はストーカー野郎に、カモミールを贈り続けられている。ああ気色が悪い。
那智がカモミールの存在を知らなければ、そして欲しいと思わなければ、災難が降りかかることもなかったんじゃねえのかな。カモミールの災いと言っても過言じゃねえな。ここまでくると。
「那智は俺が必死に守り抜いた、たった一人の家族だ。それを赤の他人であるお前に特別視されるなんざ不快でならねえ。どんな感情を抱いているかは知らねえが、お前に那智を会わせる気はねえ」
語気を強める声にドスを利かせるも、怖じる様子も見せず、福島は「赤の他人ねぇ」と意味深長に肩を竦めてきた。
「あんたが簡単に会わせてくれないのは予想がついていたけど、想像以上に骨が折れそうね。店に遊びに来ていた那智くんはあんたのことをいつもべた褒めしていたから、さぞ優しくて紳士なお兄さんだと思っていたのに。現実はこれだなんて」
「てめぇの妄想に付き合ってやる義理はねえ。那智に執着する理由はなんだ?」
「そして弟のことになると、他人に対して異常なまでに敵意を見せる。下川、あんたも大概で那智くんに執着しているわね。その感情は本当に家族を想う気持ちから生まれているものなのかしら?」
福島に執着の理由を聞いたら、執着する俺に疑問を投げかけてきた。
本当に家族を思う気持ちから生まれているものなのか?
当たり前じゃねえか。俺のこの気持ちは兄心からくる想い他ならない。那智は血の繋がりを持つ身内の中で、唯一俺を愛して、笑いかけて、慕ってくれた奴なのだから――俺は兄として誰よりも弟を想っている。
だから、ああ、だから守りたい求められたい愛されたい傍に置きたい誰の目にも触れさせたくない、弟にとっての絶対的な存在でいたい。兄さまがいねえと何もできない泣き虫毛虫の弟でいてほしいそうであってほしいそうあるべきだと教えないといけねえ。おっと本音がだだ漏れた。