その日を境に、お母さんと兄さまの立場は逆転する。

 虐められていた子どもから、支配する子どもになり、お母さんを徹底的に管理していた。
 いつも口酸っぱく言われていた七時以降の外出禁止、九時以降は自室待機、食事と風呂の用意を強いて、何かあれば命令をする。

 夏休みの期間だから、朝から晩まで兄さまはお母さんに目を光らせていた。

 兄さまは何も言わないけど、あの怖いお兄さん達とお母さんを虐めたんだと思う。うん。たぶんそう。お母さんの怯えっぷりを見ていると。

 おれを見るだけで、部屋にこもっちゃうんだから、ものすごいことをされたんだと思う。

 あの怖いお兄さん達は、どうも不良さんらしくて、兄さまはその人達とつるんでいるらしい。
 でも、友達じゃないんだって。きっと兄さまが、お母さんの立場を奪うために、その人達の仲間になっていたんだと思う。難しい話は、よく分かんないけど。

「那智。夏祭りに行ってみねーか? せっかくの夏休みなんだし」

 夏休みの間、兄さまは受験勉強をしながらも、おれに沢山構ってくれた。
 一緒にリビングでテレビを観たり、その部屋の冷房に涼んだり、ご飯を作ったり。
 縁のなかった夏祭りにも連れてってくれた。憧れていた綿菓子やりんご飴、ヨーヨーを買ってもらった。帰りに花火を買って庭で遊んだ。

 あんなに怖いと思っていた夏休みが、こんなにも楽しい日になるなんて思いもしなかった。

「見て見て。兄さま、二刀流!」

 花火を二本持って振り回すおれに、「那智。甘いな」と言って、兄さまは花火を四本も持った。

「こっちは四刀流だぜ」

 自慢気に返してきた。
 二人して、花火を振り回しては笑っていた。

「最後は線香花火だ。那智、どっちが長く花火を持たせられるか勝負しようぜ」

「わっ、楽しそうです!」

「負けた奴は勝った奴の命令を一個聞くってのはどうだ?」

「ええっ、絶対に負けられないじゃないですか!」

 ぶうぶう文句を言いながら、勝負をすると、やっぱりおれが負ける。そんな予感はしていたんだ。だって相手は兄さまだし。兄さまに勝てる気がしないし。

「よし、俺が命令な。んー、そうだな……那智、俺の背中に乗れ」

「え? 背中?」

「ほら、命令だぞ」

 首を傾げながら、しゃがむ兄さまの背中に乗ると、そのままおんぶをされた。
 そして庭を走り回ってくれる。それがすごく楽しくて、楽しくて、おれは嬉しい声を上げながら兄さまの背中にしがみついた。

 休み中のおれは笑いっぱなしで、兄さまと笑ってばっかりだった。