「立て込んでいるんだ。手短に用件を言え」
『あ、兄さま。いま忙しいですか?』

 この声は那智? 勝呂じゃない、だと?

『忙しそうなら電話切りますね。大した用件じゃないんで』
「待て待て。那智切るな。大丈夫だから」
『兄さまならそう言ってくれると思いました』
「おいこら那智」
『弟はずるいんです』

 思わず笑ってしまう。那智らしいな。

「生意気になりやがって。お前、なんで勝呂の携帯に」
『さっき病室に来たから、携帯をお借りしたんです。兄さま何時頃に帰って来るかなと思って……おれの携帯、行方不明になっちゃってますし』

 そうか、そうだよな、那智はいま携帯を持っていない。
 俺と連絡手段がないから、誰かに借りるしかねえよな。盲点だった。
 那智は俺が何時頃に帰って来るかどうかが気になっているらしい。そわそわした声に気づいた俺は、さみしいのか、と笑い交じりに聞く。那智は恥ずかしそうに唸り声を上げた後、素直にうんっと返事した。

『今日、歩行練習をしたんですけど。リハビリ室で他の人のリハビリを見ていたら、子どもがお母さんに褒められているところ見ちゃって。妙に兄さまが恋しくなっちゃいました』

 兄がこの場にいたら、誰よりも褒めてくれるのに。那智はそう思ったらしい。

『兄さまが外でがんばっているのは分かっているはずなんです。なのに声が聞きたくなっちゃって。歩行練習がんばったから、いっしょに夜ご飯食べたいな。褒めてもらいたいな。甘えたいなって』

 那智の純粋な気持ちがただただうれしい。
 お前はいつまでも、そのままでいてくれよ。自立も何もしないでくれよ。

「悪かったな。さみしい思いさせて。最近、朝から晩まで留守番にしちまっていた自覚はあったんだ」
『兄さまは何も悪くないですよ。ただ、ちょっと……わがままが出ちゃいました』
「那智。昼飯は食ったか?」
『いいえ。もう少しでお昼が運ばれて来ると思います』
「なら兄さまと昼飯を食おう。歩行練習をがんばったお前に、ご褒美をやらねえとな」
『ほんとですか』
「ああ。今から帰るよ」

 これからの予定は明日でもいいだろう。 
 今日も明日もそう大差はない。
 いま優先すべきなのは、甘えたいと俺を求めてくる那智の気持ちだ。俺も他人に好意を寄せられたせいで、心底弟の愛情がほしい。すげぇ甘えたい。他人の感情に疲れちまった。あれはいらない。俺には必要ない。