「あー……治樹。珈琲、奢ってやろうか?」

 ものすごく気の毒そうに優一が声を掛けてくる。
 ばか。お前が奢ったら、さっき俺が珈琲を奢った意味が無くなるだろうが。ああ、返事の気力も起きねえ。
 その隣で早川が努めて冷静に、「下川に非は無さそうだな」と福島に話を振った。

「高村が一方的に下川を慕って暴走しているようにしか見えない。しかも連絡先は本物だと言って聞かない。下川、お前の連絡帳に高村の連絡先は無いんだよな?」

「ねえよ」
「携帯を別に所持していることは」
「生憎、生活が苦しい。複数、携帯を持つ余裕がねえ」
「だそうだ。福島、お前も振り回されている身分だろうけど、まず下川に言うことがあるんじゃないか?」

 福島はひとつ頷き、「最低って言ったことは謝るわ」と言って、潔く俺に謝罪してきた。
 あれほど罵ってきたわりに、あっさりと謝ってきやがる。自分が悪いと思ったら、しっかり謝るタイプみたいだ。べつに謝罪なんざいらねえんだけど。俺は平穏がほしい。

 とはいえ福島もまだ腑に落ちていないところがあるらしく、「あんたと父親って」と言葉を濁し、その後の言葉を選び始めた。

 俺はきっぱり言ってやる。

「俺と親父は戸籍上、親子関係じゃねえ。あいつは俺が邪魔で仕方ねえだろうよ」

 それこそ殺してやりてぇと思うくらいに。

「那智くんも?」
「親父にとって望まないガキなんざ血が繋がった粗大ごみ、とでも思ってるだろうよ」
「そう。なのに彩加は、あんたの父親と仲良くなって連絡先を手に入れた……ばかな男」

 ばかな男?
 それは親父を指しているのか? なんでお前が?

(そもそも悪態をつくべき相手は高島じゃねえの?)

 福島に視線を投げると、その視線を払うように「彩加を追うわ」と言って、さっさと歩き出す。あれじゃ何をしでかすか分からない。暴走されては困る。そう付け加えて。

「福島には関係ないんじゃね?」

 立ち去る背中に嫌味を投げれば、福島が関係なくても困る、とはっきり言い放った。

「那智くんと……ううん、那智くんに何か遭ったら困る。あの子はあたしにとって特別なの。いまのあたしにとって誰よりも」

 残された俺はただただこめかみをさすり、優一と早川はただただ気の毒そうにこっちを見ていた。
 ひとは突然どえらいことを言われると怒ることも、反論する気力も、忘れてしまう生き物らしい。ああくそ、女が嫌いそうになりそう。