後日、花屋を訪れると例のリーマンと顔を合わせ、高村はリーマンから茶菓子の礼をもらった。
 成り行きで会話が弾み、双方は親交が深まった。

 リーマンは高村に花屋に訪れている少年のことを聞いてきた。
 不登校になっている少年は自分の息子だと告げ、学校に行けていないので、いつも心配で隠れて様子を見に来ていることを教えてもらったそうな。そしてその息子の兄が、高村と同じゼミに所属していることを聞き、片思いしている相手の弟だと知ったという。

 リーマンのこと親父は不登校になっている息子のことが心配だと、悲しい顔で語った。
 少年の兄もしごく心配しているが、他方で弟が兄離れしてくれない苦しみも抱えている。仲は良いが自立してほしいと思っている等など嘘八百のご託を並べて高村の同情を誘った。

 一方で高村のことは時々息子の口から聞いている、と言って、治樹の支えになってほしいと頼んできた。
 ああ見えてシャイで口下手な男だから、高村みたいな女が支えになってくれると、きっと治樹も喜ぶだろう。
 そう言って俺の連絡先を教えてきたそうな。息子には怒られる覚悟で伝えておく、そう言葉を添えて。

 半信半疑だった高村だったが、さっそく連絡を取ってみると返事がきた。

 嬉しくなった高村はメッセージアプリで会話を広げ、いっぱい相談に乗った。勉強の悩みだって。弟の自立だって。母親のネグレクトだって。今後の進路だって。なんでも相談に乗ったし、たくさん支えた。

 弟の写真だっていっぱい見せてもらったのだから、だから、この連絡先は本物だと高村は語気を強めた。


「下川くんには支えがいる。分かっているの。弟くんのせいでお母さん代わりをさせられているんでしょ? だから自分の自由がないんでしょ? 弟を優先しなきゃいけないから、私を突き放したんでしょ? 酷いことを言われたって、わざとだって分かっているから。時間を置いて冷静を取り戻した今だから分かる、下川くんがあんなことを言うはずない。心配させないようにするためだって分かっているから」


 息巻く高村は豹変したように「諦めない」と言うと、福島を置いて、俺の脇をすり抜けた。


「弟くんのことは私がちゃんと自立させてあげる。私は下川くんを自由にする」


 しんと静まり返る第一校舎内、俺達は立ち尽くし、しばらくの間、物音すら立てられなかった。

 振り返りざま吐き捨てられた台詞に、俺はこれ以上にない頭痛を覚える。

 もしかしてもしかしなくとも、俺はすっげぇ面倒な女に目を付けられちまったんじゃ……なんだよ弟の自立って。なんだよお母さん代わりって。なんだよ手前の自由って。弟に自立なんてされたら生きていけねぇっつーの。ああ那智に会いてぇ。癒されてぇ。