「もしかして下川くん?」
優一が戻って来る前に、第一校舎を後にしようと足を踏み出した瞬間、新たな声が俺を呼び止めた。
今度は誰だ。俺はNPO法人に行きたいんだが。
気だるく振り向き、声の主を探す。第二校舎と第一校舎を結ぶ渡り廊下先に、女子大生が二人。ひとりは忘れもしねぇ。那智と接点がある花屋のバイトナナシ女で、もうひとりは誰だっけ。
「げっ。あれは福島に高村じゃん」
戻って来た優一が、あちゃあ、と気の毒そうな声を漏らした。
早川も「揉める前に行った方がいいぞ」と、小声で助言してくる始末。
そうだ、ナナシ女のこと福島の隣にいるのは高村彩加。イマジナリー下川治樹がこっ酷く振った女。そのせいで福島が俺に突っかかってきたわけなんだが……。
(ふうん、ここで会うなんて、今日は厄日なのかもしれねえな)
俺は高村を見やると踵返して、そいつの下へ歩み寄った。
「やめとけって」「おい下川」止めに入る優一と早川を無視して、強気な眼光を飛ばしてくる福島を一瞥した後、高村に声を掛けた。
「お前、どうやって俺の連絡先を手に入れた?」
挨拶もなしに話を振られたことで、高村は見事に固まっていた。
やや恐怖の色が見え隠れしている。
イマジナリー下川治樹がこっ酷く振ったせいで、酷いことを言われるんじゃないか、と身構えているのかもしれない。が、俺も名前を騙られた被害者だ。いつまでも加害者扱いされるつもりもねえし、この件を見逃すつもりもねえ。今後の予定も詰まっているんだ。この場で解決できることは、さっさと片してしまいたい。
俺は高村に前置きをした。
まず俺は他人に対して簡単に連絡先は教えない。
当然、高村の連絡先も知らない。自分の携帯に高村の連絡先はない。自分の携帯を知る人間は数えられる程度。大学関係者だと優一と早川とゼミの教授に留まる。
なのに高村は俺の連絡先を知っていると言い、俺とメッセージアプリを通して会話。思わせぶりのことを匂わせた。高村はすっかり乗り気になって告白。イマジナリー下川治樹にこっ酷く振られた。
じつに滑稽な話、俺の知らないところで恋愛のもつれが発生しているなんて。
高村の持っている連絡先は偽物だ、と言ったところで「それはうそです」