「ま、わりと冗談半分、本気半分だったんだけどな。ここはレポートで我慢しておくよ」
優一が意味深長に笑いをこぼした。
「治樹はニブチンだからな」とひとを小ばかにする声は、「下川じゃないか」と驚く声に掻き消された。
犯人は優一と待ち合わせしていた早川。優一と一緒にベンチに座っている俺の存在に心底驚いているようだった。
俺は早川の姿を確認すると、さっさと缶の中身を飲み干して腰を上げた。
「早川が来たぞ。俺は行く」
「那智くんによろしくな。近い内にお見舞いに行くから」
「いらん。お前が見舞いに来たら、那智が怯える」
「安心しろ、弟くんが好きそうな菓子を持っていくから。手ぶらで行かない。約束する」
「人の話を聞け」
青筋を立てて優一を睨むも、この馬鹿野郎はちっとも話を聞いちゃねえ。
ちゃんと美味い菓子を持っていく。だから入院先の病院を後で教えてくれよ、と言って俺の手から空き缶を奪い、自販機のごみ箱へ走ってしまった。
ぜってぇ教えねえ。あのばかが来たら、那智が熱を出しかねない。断言できる。
「久しぶりに大学に来て早々、佐藤に絡まれてたいへんだな」
早川が苦笑交じりに同情してきた。
そう思っているなら止めてくれ。俺じゃ手に負えん。あのばか。
唸り声をひとつ漏らしていると、「羨ましいよ」と、的外れな言葉をちょうだいする。嫌味か? それとも本気で言ってるのか? 早川に視線を投げると苦々しい笑みを深めた。
「お前がいない間、佐藤は下川のことばかり気にしていたよ。耳にタコができるくらいお前のことばかり。今から言うことは聞き流してくれ――俺、下川に嫉妬している。心底お前が羨ましい」
はあ、嫉妬? 心底羨ましい? はあ?
間の抜けた声を出す俺を余所に、「聞き流せって」と言って、早川はさっさと話を打ち切ってしまう。
他人に興味皆無の俺でも、さすがに今のは空気が読める。つまりなんだ。早川は優一に何かしら感情を抱いているってことだ。そして俺は嫉妬対象、と……頭が痛くなってきたんだが。
とはいえ、まあ、嫉妬という感情に理解示せるから、俺は素っ気なく言葉を返した。
「今から言うことは聞き流せ」
「え」
「俺は血を分けた弟に劣情とやらを抱いている。相手は中2、六つ年下の少年だ」
目を丸くしてこっちを凝視してくる男に、「聞き流せ」と言って、俺は話を打ち切った。
面倒事になるくれぇなら、俺の興味は別のところにあると宣言した方が気も楽だ。下手に嫉妬されたり、誤解されても、俺が貧乏くじを引くだけだしな。
それにうそを言ったつもりもない。
俺はじつの弟に劣情を抱いている。触れ合ったあの夜はばかみてぇに興奮した。
いつか那智と本格的に触れ合う日が来るのなら、その時は欲望に従って弟を抱こうと思っている。弟に抱かれることは、心の底からごめんこうむりたい。
負けず嫌いの兄心が支配されることを微妙に拒んでいるんだ。
那智に支配されるより、俺は弟のすべてを支配したい。だから日記をつけさせている。手前の行動や日常のことは棚に上げて、那智の行動は把握して、那智の日常を掌握しようとしている。
那智に言えば、きっと俺の我儘を受け入れてくれるはずだ。
男同士で性行為なんざ、まるで知識はねえけど、いまの愛情表現に足りなくなったら、俺は那智を抱きたい。他人が那智を抱く前に。