「手を繋いでも、ギュっと抱きしめても、キスしてもおれは兄さまの弟で、兄さまのことが大好きな泣き虫毛虫。それは変わらないです。なんにも変わらないですよ」


 だから、また今夜のように触れ合おうね。兄さま。

 眠たそうに微笑み、そのまま夢路を歩き始めた。
 俺は那智が完全に眠りに就くまで、優しく腹を撫で続けた。無防備な寝顔は幼少の頃から何一つ変わっていない。呑気に口を開けて寝ちゃって。俺はこの寝顔を見るのが好きなんだよな。

「大好きなのは俺も一緒だ。弟が大好きな兄貴で、ばかみてぇに弟の世話を焼きたがる。それは変わらねえよ――だからまた触れ合ってくれよな。俺の愛情を受け止めてくれ」

 そっとベッドサイドの電気スタンドを消すと、ソファーに向かい、そこへと寝転がった。
 退院したら、また那智と一緒の布団で寝たいな。近くにいるとはいえ、一人で寝るのは肌寒いし、さみしい。

 おもむろに携帯を取り出す。
 メッセージアプリを起動した俺は、弟とのメッセージ部屋を開き、那智の携帯宛に送ったメッセージに『既読』が付いていることを確認する。
 ありえないことだった。
 だって携帯の所持者は俺のすぐ傍で寝息を立てているのだから。

 ちなみに既読が付いているメッセージの内容は『桜坂下病院に帰れるのは夕方になりそうだ』


――桜坂下病院に那智は入院していない。


 これは俺が適当に近所の病院を入力しただけだ。
 転院前も、転院先も、桜坂下病院には世話になっていない。

 俺は口角を持ち上げると、那智の携帯宛にメッセージを送る。


『見たな?』


 秒でメッセージに『既読』が付いた。
 俺は確信する。二人で暮らす、あの部屋に今この瞬間、ストーカー野郎がいる。那智の鍵を使って出入りしている。


 翌日、益田から桜坂下病院にカモミールの入った紙袋が届いた、と知らせを受けた。

 ストーカー野郎の真意は分からないが、手当たり次第、自分の存在を俺達に知らしめたいことは分かった。俺がストーカー野郎をあぶり出すのが先か、ストーカー野郎が俺達を見つけ出すのが先か、こりゃ見物だな。