「兄さま。相談があるんですけど」
22時。
消灯時間を迎え、俺は病室の明かりを落とすと、那智が寝ているベッドへ足を向ける。
病室の明かりは消えても、ベッドサイドに備えられている電気スタンドのおかげで、俺は難なくベッドまで足を運ぶことができた。
「なんだよ。畏まって」
スツールに座ると、横になる那智の頭を撫でてやる。
それに頬を緩ませながら、弟は小さな声で新しいノートが欲しい、と遠慮がちにおねだりした。可愛いおねだりに笑ってしまう。ノートくらい何冊でも買ってやるのに。苦手な国語や英語を克服しようと燃えていたもんな。お前。
何冊くらい欲しいのか尋ねると、那智は1冊で大丈夫だと返事した。
曰く、日記用のノートが欲しい、とのこと。
俺は驚いてしまう。てっきり勉強用のノートをおねだりしているのかと思っていたのに。
「じつは今日の心理療法で、梅林先生にお揃いのボールペンの話をしたんです。兄さまとお揃いのボールペンを貰った。お揃いは嬉しいって。そしたら、それを有効活用したらもっと愛着が湧くだろうから、日記をつけてみたらいいよって」
日記をつけることで、自分の感情と向き合えることも多い。
那智の場合、他人と会話ができない状況を綴れば、どうやってそれを乗り越えられるか、解決の糸口が見つかるかもしれない。
それだけではなく思い出を綴ることで、1年後の自分が読み返す時に楽しめる。お揃いのボールペンを持つお兄さんともたくさん話題を作れる、と心理療法の担当医に言われたそうだ。
「おれは自分のことを日記に書いたって、三日で飽きちゃうと思ったんですけど……梅林先生から兄さまと一緒に読み返す前提で日記を書いたらいいよって勧められて。ちょっと良いなぁって思ったんです」
なるほどね。
俺はひとつ相づちを打ち、日記は使えるな、と心中でつよく思った。
これからしばらく那智を留守番させる機会も多くなるし、その間、俺は那智の行動を知る術がなくなる。手前のことを棚に上げておいてなんだが、俺は那智の行動を一から十まで把握しておきたい。
心理療法の担当医は、俺や那智の生い立ちはある程度知っている。
だからこそ俺を交えて日記療法を那智に施そうと考えたんだろう。兄と一緒ならきっと長続きするだろう。そう見越して。