「下川の兄ちゃん。これ」


 益田は助手席に乗った俺に、大きな茶封筒を差し出すと、物件や借りるにあたっての名義について話題を振ってくる。
 益田は見抜いていた。俺と那智が引っ越しを強いられる現実を。これまでのように暮らせないことを。
 書類を取り出すと、俺の知りたかった情報が載っていた。

「事件に巻き込まれると、被害者の方が泣きを見ることが多い。会社勤めしていた奴は退職、学校に通っていた奴は中退するケースをよく耳にする。お前さんは大学生だから、3ページ目のNPO法人情報に目を通しておけ。きっと力になってくれるはずだ」

「……相談しろって?」
「そこは国お墨付きのNPO法人だ。どうしてもお前さんだけじゃ限界がある。生きるためには、賢く大人を利用しろよ」

 ぱらぱらと書類に目を通した俺は、運転する益田を流し目にすると、茶封筒にそれを仕舞う。

「お前はお節介だな。俺に見返りを求めても何も出ねえぜ?」
「ガキに見返りもくそもあるもんか。言ったはずだぜ、大人を利用して情報を得ろって。心優しいおいちゃんは、喜んで利用されてやらぁ」
「……益田、お前は本当に変な奴だな」

 今まで出逢った大人の中で、いちばんの変人だと毒づく。
 俺の知る大人は面倒ごめん。見てみぬ振り当たり前。他人に興味なし。もしくは理不尽な怒りをぶつける奴らばっかりだったのに。益田はどれにも当てはまらない。

 強いて言えば、変人苦手野郎。
 益田は変わっている、大人に媚も敬いもしない俺を子ども扱いにしてお節介を焼くんだから。物件のことだって、これからの生活のことだって、他人のことなんだから放っておきゃいいのに。
 なんっつーんだろう。父親ってこんなかんじ。
 俺にはまともな父親なんざいねえが、家庭的な父親ってこんなかんじなんだろうか。

「せっかく大学に通えているんだ。おめぇさんの努力を、こんな事件で散らしたら勿体無いぜ。結構頭の良いところみてぇだし、受かるために努力したんだろ?」

「……べつに」

「お前さんは両親に比べて、ずっとまともだ。六つ年下の弟を守りながら、大学に受かるために勉強して。二人で生きていくために、実家を出て行く準備をして。普通のガキにはできねぇことをやり遂げている。そりゃ自分を誇っていい」

 益田は繰り返し、俺をまともだと言った。
 俺が弟に対して醜く執着していることを知っているくせに、両親よりも“まとも”だと言い切る。

 そして言う。
 せっかくまともな道を歩いているのだから、両親のように道を踏み外すなよ、と。