(そう思っているのに、すぐ不安になっちまう……那智は俺を“ほしい”っつってくれたのに)

 しょぼくれていると那智から、また口を塞がれるかもしれねえな。
 かわいいとか何とかからかってくるかもしれねえ。兄としては弟に「かわいい」と言いたいんだが。

 そこまで考えた俺は、ふと気づく。

(……当たり前のように受け入れていたが、俺と那智がしたことはキスか)

 きっと他人からみたその行為は、ドン引かれることだろう。
 だけど俺の心に拒絶はなかった。かといって喜びもイマイチ。兄弟同士のスキンシップで終わっている。兄弟のじゃれ合いといえばそれまでだ。

 でも周りの人間は違う。他人と手をつないだり、キスしたり、抱擁したり、それこそ性行為をする。想像するだけでおぞましくなった。他人と触れ合えるなんざ俺には死んでもできそうにない。

(けど……那智とならどうだ)

 那智となら俺は、おれは。

(他人に那智を盗られたくない。だから閉じ込めたいと思っている。“欲しい”と那智に我儘を言って、俺は弟自身をもらった。だけど、それだけじゃ不安で仕方がない。もっとちゃんと那智を俺のにしないと)

 ちゃんと、俺のに。

「どうした下川の兄ちゃん。酔ったか?」
「ああ? 別に何でもねえよ。那智のことが心配になってきただけだ」

 ダンマリになっていると、飄々とした益田の声が飛んできた。
 俺は適当にあしらいながら返事をしたものの、那智のことが本当に心配になってくる。すぐに戻るつもりだったが、この調子だと昼過ぎまで掛かりそうだな。

「益田。勝呂に連絡は取れるか? 午後から那智の心理療法(セラピー)があるから、着替えさせておかなきゃなんねえんだが」
「ん? ああ。待ってな。すぐに」

「お話の途中に申し訳ありません。少し飛ばします」

「は? っ、とぉ?!」
「お、おいおい柴木」

 柴木がアクセルを踏むと、右に大きくハンドルを切った。

 シートベルトを握って間の抜けた声を出す俺と、戸惑いの声を出す益田を余所に、「尾行されています」と柴木は表情一つ崩さずにバックミラーを一瞥した。
 尾行されているも何も、報道陣が尾行してくるだろうから、警察署に寄るって話じゃなかったのか?