「事実を知って、世間は何がしたいのか俺には分からねえ。知ったところで何もしねえくせに」
どうやら独り言がデカかったらしい。
益田が相づちを打ってきた。べつに望んでいたわけじゃねえんだがな。
「知ったところで、とくべつ何もしねえさ。そういう事件が遭った、で終わる」
「なのに知りてえんだろ? 訳が分からん」
「それでも世間は知りたいのさ。事件っつーのは大なり小なり非日常的なもので、かわり映えのしねえ日常を送る人間とって刺激的なものだ。事件を軸にしてお節介に涙する輩もいれば、正論をぶちかまして他人を攻撃する輩も出てくる。事件ってのは人間にとって興奮剤なのかもしれねえ」
「ますます意味が分からん。手前の事件でもねえのに、興奮するってか?」
「人間ってのは他人の幸せより、他人の不幸に喜びを見出すことが多い。なんでだと思う? 嫉妬心が強いからだよ。自分より幸せな奴を見ると、手前の現状に歯ぎしりをして恨みつらみを抱いちまう。逆に不幸な奴を見ると、自分の方がずっとマシな生活をしていると比べて喜んじまう。お前さんの親父も、嫉妬して襲ってきたのかもな。去年、離婚したって話じゃねえか」
「へえ。離婚していたのか、親父」
「なんだ知らなかったのか?」
「向こうの家族の話なんざ殆ど聞いたことねえよ。別に家庭があることは知っていたし、大手会社の重職についているのは知っていたが。ふうん、あの親父が離婚ねえ」
しごくどうでもいい話だが、まあ、ちと驚くな。
親父は向こうの家族に愛情を注いでいることは知っていたから。
その親父が離婚したことで家族を失い、崖から転落するような人生を送っていたとしたら……嫉妬するかぁ? 実家を出た俺達の生活はとくべつ豪華でも、贅沢でもなかった。寧ろ質素だったと思うんだが。分からん。全然分からん。親父の気持ち。
「下川のお兄さんと那智くんは、切っても切れない仲良し兄弟ですから、そこが癪に障ったのかもしれませんね」
それまで傍聴に回っていた柴木が口を挟んできた。
「何が遭ってもおめぇさんらは今の関係を続けている。一方、お前さんの親父は手前の行いで家族関係が崩れた。嫉妬しても不思議じゃねえな」
「そりゃ有難迷惑な話だ」
俺と那智が仲良し? んなの、当たり前じゃねえか。
お互いを家族だと認め合って、必要として、必要とされて、愛し合わないと、生きていけなかったんだよ。
これからも俺は那智とそういう関係でありたいし、大事な弟として守っていきたい。
ああ、結婚も恋人もパートナーも要らねえ。俺は那智だけいれば十分だ。