(部屋の窓には鍵が掛かっている。荒らされた形跡はまるでねえ。だったら、どうやってこの部屋から制服を盗んだのか。答えは財布から鍵を盗んだ、ということになるのか?)

 俺は長財布を閉じると「異変はなさそうだ」と言って、それを柴木に渡した。
 柴木は明らかに俺の態度に“何か重大なことを隠している”と気づいていたが、鍵のことは胸の内に秘めた。

 この件は時期がくるまで、表に出したくはなかった。
 警察に言えば、きっと鍵の行方について捜査を始めるだろうが、俺は俺でストーカー野郎と決着をつけたい気持ちがある。
 すべてを警察に任せるつもりも、頼るつもりもない。

「下川の兄ちゃん。トートバッグと、中に入っていた服を引き取ってもいいか?」
「構わねえよ。捨てるつもりだったからな」

 あらかた物色を終えた益田も俺の態度に気づいているようだが、それには触れず、向こうは当たり障りのない交渉を持ちかけてきた。承諾すると、益田は柴木に声を掛けて、チャック式のビニール袋にそれを詰めるよう指示していた。
 それを尻目に俺は那智の財布をショルダーバッグに捩じり込み、那智の携帯を起動させる。

(頻繁に部屋に出入りしているか、ちと試してみるか)

 那智の携帯に充電器を挿すと、メッセージアプリを起動させた状態で画面をスリープさせる。
 そして俺の携帯でメッセージを送った。

(さあて。どうなるか)

 軽く口端を舐めると、俺は益田達の隙を見計らって、充電中の携帯を居間のテーブル上に置いた。



 アパートを出ると、俺はキャップを被って覆面パトカーに乗り込む。
 顔を隠すようにキャップを被るのは、周辺をうろついている報道陣のせい。マスコミってやつはじつに鼻がいい。アパートに近寄っただけで俺が被害者の関係者だと察し、取材ができないか、逐一様子を窺ってくる。
 アパートに出入りしたことで、被害者の関係者だと確信を持ち、虎視眈々と俺が一人になる隙を狙っていた。

「兄ちゃん。署に寄るぞ。このまま病院に直行で帰っても、おまけがついて来る。つけて来る気満々だ」

 助手席に乗った益田が、「あいつらもよくやるぜ」と呆れたように息をつき、懐から煙草を取り出した。

「事件がある度に、マスコミは(たか)集ってくるものです。報道の自由を謳って」
「まあ、世間に事実を知らせるのが仕事だしな。過激になりがちなのが頭いてぇが」

 後部席から警察どもの会話を耳にしながら、俺は車窓から見える、流れ始める景色を眺めた。

 報道の自由とか、事実を知らせるのが仕事だとか、俺にはちっとも分からない。手前のことじゃないのに、世間様はなんで事件を知りたいと思うんだ? 赤の他人の事件を知った先に何があるんだよ。

 凄惨な事件を知った。ああ心が痛い。ああ可哀想。ああ犯人が憎い。そうやって被害者を同情するために事件を知りたいと思うんだとしたら、鼻で笑っちまうんだが。