「代わりに勝呂兄ちゃんが遊んでくれるぜ。仲良くしてやってくれ」
「え、はい? 益田さん?」
勝呂は寝耳に水と言わんばかりに驚いていた。口裏を合わせていなかったらしい。
(誰の許可を得て、那智の傍に勝呂を置くって?)
眉をつり上げる俺に「そんな顔するなって」と、益田は大笑いして肩を叩いてくる。
「坊主の前じゃ話せねえ」
笑い声にまぎれて耳打ちしてきた。
なるほどね。だから俺にツラを貸せと……那智の傍に勝呂を置くのは万が一に備えて、か。
他人を那智の傍に置きたくないが、優先順位を履き違えると痛い目を見る。今の俺に必要なのは情報だ。状況を把握するためにも、ここは大人しく従っておくべきだろう。
俺は不安げに視線を送ってくる那智に、「帰ったら覚えておけよ」と言って、わざと乱暴に頭を撫でてやる。
「このまま勝ち逃げは許さないからな。可愛いばっか言いやがって……大丈夫すぐに帰ってくるって」
勝呂には再三再四、手を出すなと釘を刺しておいた。
「下川のお兄さん。俺を何だと思っているんですか」
物言いたげな眼差しを送られたが、俺は綺麗に無視して、先に病室を出て行く益田の後を追う。
「わりぃな兄ちゃん。どうしてもお前に見てもらいたいもんがあってな」
病院の小会議室に入ると、さっそく益田はチャック式の袋をテーブルに置く。
それは刃物で刻まれた学生制服の上着だった。名札に目を向けた俺は眉を寄せる。そこには『下川 那智』――これは那智の学ランだな。
「どこでこれを?」
「転院前の病院だ。今朝、ロビー前に紙袋が置いてあったそうだ。中身はこの制服とカモミールだった。坊主には少々ショックが強いと思ってな。お前さんに坊主の物かどうかを確認してもらいたい」
俺は学ランに目を戻すと、ビニール越しに布製の名札に手を置いた。
那智が通う中学の学ランは名札を直接、制服に縫いつける形式になっている。名札を縫ってくれる大人がいないから、俺は那智に教えながら二人で縫ったことを憶えている。
意外と那智は手先が器用で、上手く縫えた得意げに笑っていたっけ。
名札の字はちんまりして小さい。これは那智が自分で油性ペンで書いていた。
「那智の制服で間違いねえ。だけど、なんで転院前の病院に……」
そもそもこれは家にあるはずなのに。
「兄ちゃん。あの事件以降、一度でも家に帰ったか?」
「ほとんど帰ってねえ。最初は着替えを取りに帰っていたが、ここ最近は報道陣のせいで、家に帰れた試しがねえ」
下手にアパートに帰れば、転院先の病院を突き止められてしまう。
それは避けたかった。那智に要らないストレスを与えちまう。
だから極力、所持している着替えを着回ししたり、それに限界がきたら近場の服屋で着替えを調達する日々を送っていたが……。
「那智の制服はハンガーラックに掛けていた。那智の気分が乗って学校に行きたくなった時、すぐに出せるようにしていたはずなのに」
「坊主は不登校だったんだってな」
「ああ。あまり学校に馴染めなくてな」
「最後に制服を着たのは?」
「ストーカーに遭う前だったはずだ」
「念のためアパートに行って、本当に制服が無くなっているか見てもらいたいんだが、頼めるか? 一応聞いておくが、予備を持っているとかねえよな?」
「そう高ぇ制服を二着も、三着も買えるかよ。その制服だって中古で買った奴なんだからな」
つまり、この制服は盗まれたものだと裏付けている。
俺は苛立たしく頭部を掻くと、益田の申し出を受け入れた。何日も離れているアパートのことが気掛かりだった。