こうして、冒頭で言われた台詞を兄さまに向けられ、おれは知らないお兄さんの部屋で半日を過ごすことになる。
赤い頭のお兄さんは見かけによらず、とても優しかった。
人見知りが激しくて、まったく喋れないおれに温かいご飯を出してくれたし、テレビや漫画も見せてくれた。ゲームだって触らせてくれた。他人なのに、どうして、この人はここまで優しくしてくれるんだろう?
お菓子は何がいいかと聞かれて、それに答えた時はちょっと困った顔をされた。
「坊主。スティックシュガーはお菓子じゃないぜ」
お菓子だと思っていたおれは、はじめて、それがお菓子じゃないことを知った。
そうなんだ。
紅茶や珈琲に入れるものとは知っていたけど、甘いからお菓子だと思っていたよ。お砂糖はお菓子じゃないんだ。美味しいんだけどなぁ。
夕方になると約束通り、兄さまが迎えに来てくれた。
なんだか嬉しいことがあったみたいで、兄さまはすごく上機嫌だった。
一緒に部屋に上がってきた、お兄さん達にこんなことを言う。
「お前らな。もう少し手加減してやれって。びっくりするくれぇ泣いてたじゃねーか」
「なに言ってるんだ。治樹、お前が一番えぐかったぜ。まさか、アイロンが出てくるなんざ思わなかったぞ。声が近所に響いていたんじゃねーの?」
「いつものことだって、近所の人間は無視するだろうさ」
そんな会話を、げらげらと笑うお兄さん達と交わしていた。どういう意味なのか、おれにはさっぱりだった。
マンションを出ると、おれは兄さまと手を繋いで家に向かう。
その途中、兄さまはコンビニへ寄った。そこでおれに食べたいものを選ぶよう言ってくる。
兄さま、またお母さんのお金をくすねてきたのかな。
買ってくれるのは嬉しいけど、見つかった時が怖いから、安いものにしよう。お母さんに見つからない小さなもので、兄さまと半分にできるものがいいな。チョコレートとかよさげかな。
そんなことを考えていると、カゴを持った兄さまが次から次にパンやカップ麺を放り込む。え、ええ? そんなに買ったら、お母さんにばれちゃうよ。
「んー。取りあえず、明日の朝食は食パンにすっかな。あ、ジャムあったっけな」
「兄さま……」
「どうした? 那智」
どうした、じゃないよ。
「いっぱい買う……みたいですけど」
カゴと兄さまを見比べる。
これを全部お腹に隠して家に入るのかな。誤魔化せるかな。