ただ一つ、那智の中で納得できる答えが出たようで、俺の頬にそっと触れてくる。

「兄さまがいてくれるだけで、おれは頑張れます。それはお約束できます」

 かわいい弟、俺の六つ下の弟、兄さまは悪い人間だから心の中で本音を言わせてくれ。

 いいんだよ那智、そのままでいい。
 お前は『弱点』だらけの人間のままでいい。泣き虫毛虫のままでいい。強くなろうとしなくていい。

 だって『弱点』が無くなるということは他人を怖がらなくなるということ。せっかく那智は他人を恐れて距離を置いているのに、口が利けなくなっているのに、それを克服するなんて勿体無い。
 どんなに俺のためだと言っても、やっぱり俺はお前が強くなることを望まない。頼られなくなるなんて、しごくツマラネェじゃねえか。

 お前は俺だけを求めて、頼って、他人を拒絶してくれたら、それでいいんだよ。

(兄貴を求める那智の姿が、なによりも俺はかわいい。興奮する)

 求められることで興奮するなんざ、我ながら厄介な性癖だよな。自覚はある。

(それでも止められねえ。俺は求められたい。那智に求められたい)

 ああくそっ、やばくなってきた。

(今までは兄心でどうにかねじ伏せていたのに……那智、お前が俺の制御を外したせいだぞ。お前が「くれる」って言うから)

 俺はおもむろに那智の首に目を向けた。
 そこには包帯が厳重に巻いてある。親父がつけた引っ掻き傷とやらは、あの下で眠っているんだろう。考えるだけで嫉妬に狂いそうだった。羨ましい、とても妬ましい。俺だって傷をつけたいのに。那智は俺のものなのに。そこに他人の傷があると思うだけで許せない。どうしても許せない。

 気づくと俺は那智の包帯を解いていた。
 那智の素っ頓狂な声が聞こえるけど、俺は構わずに包帯を解いて、ガーゼをベッドの上に落として、それから。それから。ああ、傷が見える。太いミミズ腫れが見える。あれは親父が那智につけた傷。他人の傷!

 と、那智が両手で軽く俺の体を押し、傷口をおもむろに掻き始める。
 同時に「だめだよ」と担当医の注意する声がひとつ。

 それによって俺はようやっと我に返った。

「那智くん。勝手に包帯を取ってはいけないよ。痒かったのかい?」

 うんうん、那智は何度も頷き、勉強用のノートに『兄さまに無理を言って診てもらっていました』と返事していた。包帯を解いた犯人を明かすことはなかった。
 俺は那智と担当医のやり取りを尻目に、深いため息を漏らしてしまう。

(ばかやろうが。俺は何やってるんだよ)

 理性を失っていたとはいえ、もう少しマシな行動を起こせっつーの。
 いくらなんでも首の包帯を取ったら担当医が訝しがるだろうが。那智の機転で何事もなく終えたが、さすがに今のは軽率だった。まじで軽率だった。