憶測になるが、例えば向こうの家族に『下川兄弟』の存在がばれたことで、仁田 道雄が大切にしていた家族・地位・名誉が失われたのであれば自暴自棄に似た犯行を起こすのも頷ける。

 向こうの家族からしてみれば、長年不倫をしていたうえに、二人の子どもを作っていた。そして隠れて養育費を払っていた。そりゃあ夫婦仲も冷えて仕方がないことだろう。

 あくまで憶測で語っているが、仁田 道雄が起こした犯行は、己が長年隠していた罪を世間に向けて、公にしてしまったと言っても過言ではない。

「益田さん。またひとつ、下川兄弟は有名人になりましたね」

 話題を替えると、益田が苦々しく唸った。


「ストーカー被害者の少年は、警察に相談するも相手にされず、通り魔に刺されてしまう。そんな少年の過去には虐待歴があり、兄ともども両親に虐げられた。加えて殺意を持った実の父親に“警察がついていながら”病院で襲われて、負傷する羽目になった。通り魔は捕まってねえ。坊主の写真が警察署に送られていることも嗅ぎつけられた。ワイドショーもSNSも、この話題で持ちきり。最悪だな」


 あまりにもおいしいネタに、報道陣が下川兄弟について現地取材を始めている。

 兄弟の暮らすアパートや実家付近では、連日のように取材の申し込みが行われていると耳にした。それだけならまだしも、下川兄弟が入院している病院を報道陣に突き止められてしまい、彼らは転院せざるを得ない事態に発展した。

 さらに虐待を受けていた兄弟が過去に警察沙汰になっていたことが、報道陣の聞き込みによって暴かれて、益田達が所属している警察署は世間から大バッシングを受けている。SNSでは警察の誰が事件を担当したのか、さっそく犯人探しが始まっているそうだ。ああ、頭が痛い。

「上は一刻も早く通り魔と行方を晦ませている母親を見つけて、速やかに事件解決をするよう命じてきたが……解決で簡単に終わる話じゃねえだろうな。あの兄弟の過去や事件には常に“警察”が絡んでいるんだからよ」

「とはいえ、解決しないことには事態は収束しないかと。例の写真のこともあります」

 柴木は自分のデスクからA4サイズの茶封筒を手繰り寄せると、分厚い膨らみを掴んで、中身を取り出す。出てきたのは写真の束――車いすに乗った下川 那智の姿であった。どれも車いすに乗っており、病院の廊下や中庭を移動している姿が撮られている。

「中には首に包帯を巻いている姿もあります。転院先の写真は見当たりませんが、どれも通り魔事件後の写真。つまり」

「犯人は那智くんの近くにいた、ということですね」

 確認を取ってくる勝呂に頷き、柴木は数枚の写真を手に取って見比べる。

「首の包帯は仁田 道雄から受けた傷によるもの。その写真すらあるなんて」

「犯人は間近にいた、ということになりますけど……現実問題、那智くんに近づくのはしごく難しいですよ。あの子の傍にはお兄さんがいますから」