そもそもの話、仁田 道雄は二重に家庭を持っていた。
片や籍を入れた家庭、片や籍のない家庭、それぞれの家庭で別の顔を見せていた。
前者の家庭には曇りない愛情を注ぎ、マイホームパパを演じていた。後者の家庭には一切の愛情を与えず、無関心な父親と成り下がっていた。
二重に家庭を持つ。
それが社会的にどういう意味合いを持つか、理解できない大人ではないだろうに。
どうも話を聞くに下川 芙美子から法を通さず、個人的に養育費をせしめられていたようなので、下川兄弟は仁田 道雄にとって望まぬ子どもだったのだろう。そして下川 芙美子の要求に従っていたのは、そうまでしても向こうの家族に『不倫』の存在を知られたくなかったのだろう。
「下川 芙美子は行方を晦ましている。最重要参考人だっつーのに」
「どこに行ったのでしょうね」
「さあな。近所の住民によれば、危ねえ男とつるんでいることが多かったそうだ」
所謂、裏社会の男を引っ掛けて遊んでいたのだろう。
それはそれは傾国美人らしく、見た目で心奪われる男も多いだろう、と話を聞いている。
ただし性格は最悪で、気に喰わないことがあると男の身分を利用しては脅していたそうだ。近所の住民が虐待に対して、積極的に通報できなかったのは、そういった理由があるらしい。
ちなみに仁田 道雄に下川兄弟の虐待について尋ねると、一変して顔を青くし、知らぬ存じぬを口走っていた。自分はきちんと養育費を支払っていた。子どもらの躾については母親の管理下にある。自分には一切責任がない、と言って保身に走っていた。
取り調べに立ち会った柴木は努めて冷静に語る。気を緩めると感情的になりそうだった。
「養育費を払うことで責任が成立するなら、今回の動機に挙がっていた下川兄弟の『生活費』や『学費』も責任に当たるんじゃないですかね」
柴木とは対照的に勝呂は我慢がならなかったのだろう。苦言を呈する。
「仁田 道雄が供述する暴行や脅迫の真相は分かりかねますが、養育費が原因で離婚だの家庭崩壊だの……そこは下川兄弟に責任があると思えませんよ。逆恨みじゃないですか」
「仁田 道雄は外資コンサルタントの役員を務めていて、社長令嬢と婿入りするかたちで結婚していたらしいわ。輝かしい将来が約束されていた彼にとって、あの子らは目の上のたん瘤。離婚の契機が例によって『不倫の子ども』だったなら逆恨みしてもおかしくないんじゃない?」