「あれ?美穂子さん、俺達のお向かいに住んでるのか?」

「え?悠作、知ってるの?」

「あぁ、俺が転勤してきて、1週間くらいかな?ちょうど、お昼の時間帯のロビーの受け付けを募集しててさ、偶然、美穂子さんが、応募にきてさ、今、一緒に働いてるよ」

悠作が、ほんと偶然だなぁと笑っている。

とても笑う気になれないのは私だけだろうか?

此処に越してきてすぐに、美穂子は、悠作の名前も、勤め先も聞いてきた。そして、悠聖に毎日のように朝話しかけて、悠聖が、遊びに行きたいと思うほどに、悠聖を手懐けていっているようにさえ感じる。更には、悠作が異動してきて、すぐに同じ職場で働き始めるなんて、ただの偶然とは、到底思えない。

「偶然……なのかな?」

「偶然に決まってるだろ。あ、そういや、単身赴任中とかで、お会いした事ないんだが、美穂子さんの旦那さんに、俺の顔が、何となく似てるらしいよ」

「え?何それ」

悠作の言葉に、あからさまに、美穂子に対して嫌悪感が湧き出てくる。他人(ひと)の夫に自分の夫が、似ている等と言う美穂子の神経が理解できない。

「おいおい、里奈、そんなことで妬くなよ」 

悠作が、はははっと茶化して笑う。

「違うっ、そんなんじゃないわよ!ねぇ、なんか美穂子さん、変じゃない?美穂子さんと私は、全然感覚違うなって。大体、他人(ひと)の旦那さんに、自分の旦那さんと、何となく似てるなんて、そんな事言うのおかしいわ……」

「里奈、慣れない生活で神経質になるのは分かるけどさ。家のことも、悠聖のことも本当によくやってくれてるから、あとは、ご近所付き合いだけ適当にやってくれたら、俺はそれでいいからさ」

私は、これ以上何を言っても、聞く耳を持たない悠作を前にして、小さく頷くしかなかった。


その夜、私はなかなか寝付けなかった。窓から見える満月が、真っ白に輝いて見えて、美穂子のいつも着ているワンピースと重なった。

私は、込み上げてきそうになる、黒くドロッとした感情を飲み込むようにして、固く瞳を閉じた。