(やっぱ……ダメか……)

拝殿を後にしようと、振り返った時だった。姿は見えないのに、耳元から声がする。

『願いを叶えてやろうか』

全身が、ゾワッとするその声色に、僕は思わず何かを振り払うような仕草をしながら、僕は、再度、拝殿に目を凝らした。

「えっ……」

拝殿の奥の方から、黒い塊が飛んでくる。

それが、僕の足元に着地して、鴉だと気付いた。勿論普通の鴉ではない。

その瞳は鮮血のように真っ赤で、僕と目があった瞬間、鴉がボコボコと膨らむと、人型へと変化した。

『我は、死神タナトス、お前の願いは?』

「あ……っ」

僕は、咄嗟に声を失っていた。言葉を忘れたかのように、口を開けたまま、目の前の男をただ見つめていた。

漆黒の長い髪の毛を一つに括り、真っ赤な瞳は、全身の血液を搾り取られそうな不気味さを湛えている。男は、黒いマントに身を包み、右手に三日月型の大きな鎌を抱えたまま、妖艶に笑った。

「「……あ、貴方が、死神タナトス……あ、ありがとうございます、願いを叶えてください」


僕は、掠れた声を絞り出した。

『では、早速だが、俺と契約を結ぼう。契約を結べは、お前の願いは全部叶えてやる』

(契約……)

ネットでは、契約については、直接タナトスと交わすことになっており、その詳細は、記されてはいなかった。

『あの、その契約とやらの内容教えてもらっても……?』

一瞬、闇のような漆黒の瞳と目があい、どきりとする。

『……簡単なことだ。この通り、俺の身体は、透けている。実体がないのだ。だから、お前の影が欲しい。お前の影を喰らい、俺自身が、お前の影となる』

「え?それって、僕になるってことですか?」

タナトスは、ニヤリと笑った。

『違うな、本体はお前、俺が影。つまり一心同体となり、互いに離れる事はないという事だ。お前は、俺であり、俺は、お前だ」

僕は、タナトスの言葉を何度も唱えながら、その言葉を頭に浮かべる。