喉の奥からぐぐっと熱い塊がせりあがる。目の奥がじわりと滲む。
ぽたりとひとつ落ちてしまったら、後はとめどなく涙が零れ落ちるばかりだった。

「と……っ、……取り上げないで……。私が……、生きてきた、証……、なの……」

そう。証だ。今までリンファスを支えてくれた、僅かばかりの誇り。
ファトマルの為に尽くそうとしたという、自己満足という名の誇りだった。

ぐずぐずと泣きだしたリンファスの肩を、ロレシオがふわりと抱き締めた。
あたたかい腕がリンファスを引き寄せ、包み、ぽんぽんと背中を撫ぜて、やさしいリズムで落ち着かせようとしてくれる。

「君が生きてきた証は確かにそうかもしれない。
でもこれからはお父上とは違う道を生きていくんだろう? 違う証を見つけたっていいじゃないか」

違う、……証……?

不思議な言葉を聞いて、リンファスは瞬きをした。ぽろりと雫が零れる。

「ケイトやハラントだって良い。友達だっていう花乙女やイヴラだって良い。君の価値をきちんと認めてくれる人をこれから生きていくための証にしたっていいじゃないか」

「……、…………」

考える。今までリンファスが礎にして来たファトマルの言葉たちと別れて……、新しい拠り所を得ると言うこと……? 
そんなこと、許されるのだろうか……。それは、ファトマルを捨ててしまうことにならない……?

(……でも、……でも、もし、許されるんだったら……)

「…………あなたは……?」

「え?」

「ロレシオは……どうなの……? ロレシオも……、……私がこれから生きていく、証……に、なってくれるの……?」

自分に花を咲かせてくれた、この人が証になってくれたら良い。

リンファスはそう思ってリンファスが恐る恐る聞くと、ロレシオは口許を緩めて微笑んだ。

「僕が自信を持てたのは君のおかげだからね。そうなれたら、嬉しいと思うよ」

もう一度瞬きをする。ロレシオの、……生きる証になっているのだろうか? リンファスが?

「わたし……、……貴方の、役に立ってるの……?」

リンファスがそう言うと、ロレシオは息を零して笑った。

「友情は役に立つ、立たないで成り立つものではないと思うけれど、君がそれを理解するのが難しければ、そう考えれば良いと思う。
いずれ変われば良いと思うけどね」

ロレシオは終始穏やかに話し掛けてくれた。フードを被った陰で眼差しの様子は良く分からないが、口許が穏やかに微笑んでいて、それだけで安心できる。

ロレシオの『友情』の花の花びらがふわふわと揺らいで、まるで『此処に居るよ、何時でも居るよ』と言ってくれているようだった。
それはまさしく、ロレシオの気持ちだったのだろう。リンファスは彼からのあたたかい気持ちが有難くて泣いてしまった。

さっきの『証』を奪われるかもしれないという底知れない恐怖からの涙とは違い、安心で泣いてしまったのだ……。