「愛してくれない相手に心を委ねるのは、自分を殺すことと等しい……。自分の心はまず、自分で守らねば……」

ロレシオは、ひと言ひと言、噛みしめるようにそう言った。
ロレシオがその言葉に込めた気持ちを図ることは、今のリンファスには難しく、考えた末に口に出来たのはこんな言葉だった。

「私は……、……自分を大事に……、していなかったのでしょうか……」

自分で守らなければならなかったのに、リンファスはそれが出来ていなかった、とロレシオは指摘した。
振り返って考えると、確かにリンファスは、常にファトマルの為に働いていた。
自分が屋根のある部屋を得、食事を得ることも目的のひとつではあったが、その行動の結果は、ファトマルが如何に機嫌よく暮らせるか、という事だったのだ。
だがそれは、リンファスがウエルトで生きて来るのに必要な行為だった。それでも咎められなければならないことなのだろうか。

リンファスの問いにロレシオは、そうだと思うよ、と応えた。

「自分だけは、自分で守らなければならない。運が良ければ、周りに助けてもらえることもあるだろうけどね。それは周りの環境という、運次第だ」

運、という天秤に掛けられて、リンファスは誰にも助けてもらえない環境に傾いた。
そこで自分を守ることをしなかったのは、リンファスがそういう考え方を知らなかったからだ。

生まれた時から傍にはファトマルが居て、リンファスを罵倒した。母親が死んだのもお前の所為だと罵った。
ファトマルの不運は全て自分の所為だと思っていた。

でもそれは運が悪かったうえに、リンファスがファトマルに心を預けてしまったからだと、ロレシオは言った。
だったらリンファスは、これからどうしたらいいのだろう?

「まず、自分の意思を持つことだ。自分でどうしたいかを選ぶ。
……例えば今日、僕が僕の意思で君を誘ったようにね。
君にはそれに対して、イエスかノーかの二つの選択肢があって、君はイエスを選んだ。
そうやって、自分で選択していくことが大事だ。自分の行動を、自分で選んでいく。
それはつまり、自分の心を尊重することに繋がる。だから君は、花乙女であることを求められても、それにノーと言う権利だってあったんだ」

役割を……、否定するだって!? 思いもしなかったことを言われて、リンファスは動揺する。

「や……、役割を頂けなかったら、どう過ごしていけば良いの……? 私は……、私が今此処に居る意味を……、何に見出せば……?」

「それを決めるのも、自分の心だ。君が生きている意味を見出せる価値のあることこそが、君の心を支えると思うよ」

……生きている意味を見出せること……。

リンファスは口の中でその言葉を何度も呟いたが、今、それを即座に見つけることは難しく、現状、リンファスにとってそれは、誰かの役に立つという事、つまり花乙女として花を着け、アスナイヌトに捧げることだった。

「ロレシオ……。私……、自分のことなんて、考えたことがなかったの……。でも……、私に求められる役割があるなら……、それを全うしたいわ……。それがこの街に来た理由だもの……」

インタルに来ることを決めた時のことを思い出してリンファスが言うと、ロレシオは口許に微笑みを浮かべた。
リンファスがそう言うのと、まるで分っていたみたいだった。