悩むリンファスが乗り込んだのを見て、ロレシオも軽々とタラップを踏んで馬車に乗り込んでくる。辻馬車の座席は二人掛けで、自然隣同士になるロレシオの体が近くて、リンファスはレディでもないのに、赤面した。

「私は他の乙女たちのような育ちではないですし、丁寧な扱いをされる意味が分かりません……」

リンファスが戸惑いを吐露すると、ロレシオはそうかい? と言って、リンファスに逆に尋ねた。

「だって君は現に花を着けた花乙女じゃないか。花乙女はそうだというだけで大切に扱われる存在なのに、君がそう言うことに頓着しないのは、何故だろう? 君は自分で理由を分かっている?」

心底不思議そうに言うので、自分が言っていることがおかしいのかと疑問を持ってしまう。でもリンファスは他の乙女に比べるとまだまだアスナイヌトに寄進できる花の数も少ないし、今咲いている花だって、いつ咲かなくなるか分からない。花が咲かなくなることに怯えて暮らしているのに、そんな脆弱な花乙女を大切に扱う意味が分からない。疑問を顔に浮かべたままでいたからだろうか、ロレシオはまあいい、と言った。

「君をウエルトに迎えに行った時、家の中から君の父親の罵声が聞こえたよ。君のことを罵倒することで、君が傷付くことを、まるで考慮していないような物言いだった」

ロレシオはハンナと一緒にリンファスを迎えに来てくれた。あの時は目の前で展開されるハンナのてきぱきとした行動で頭がいっぱいで思いつかなかったけど、ハンナがきつい口調でファトマルの大声を諫めたのを、家の外にいたロレシオは聞いていたのだ。

「で、でも、私は実際、父の役に立っていなかったので、父が怒るのは仕方ないんです」

「それだよ」

リンファスの言葉に、ロレシオが声を被せた。

「君は、あんなに罵倒されるのがさも当たり前のような顔をして、家を出てきただろう。その様子が実は少し気になっていた。
君の父親はたいそう君に辛く当たっていたようだけど、君がこの前、『働く事しか出来ない』と言っていたのは、そういう父親の許に長く居たからではないのかな。
それで君は、宿舎に来てまで雑務の仕事にこだわっているんじゃなかろうか」

こだわる……。そうなのだろうか。

役立たずの自分が生きていく為の術は、働くこと以外に見つけられなかった。それしか求められなかったし、それしか出来なかった。
そう応えたが、しかし、ロレシオの言葉は続く。

「僕は、自分の心を守るのは自分しか居ないと思うんだが、君はそうは思わない? 
だって、自分の心は他人には分からないだろう? 
そう言う意味では、君は父親に心を預けすぎた。
あの罵声を聞く限り、君の父親は君を否定し続けてきたのだろうし、その結果、君が自分に対して自信が持てなくなったのは、君の父親の罪だよ」

罪……。そんな風に考えたことなかった。
リンファスの人生で、ファトマルは絶対であり、庇護してもらう立場として従わないことはあり得なかった。
リンファスがそう言うと、それは危険な行為だよ、とロレシオは言った。