ウエルトの村が遠ざかっていく。リンファスはフェートンの上から丘の下を振り返った。ハンナがリンファスに声を掛ける。

「良く耐えてお父さんの所に居てくれたわね。それなのにお父さんから無理やり引き離すようなことを言ったりして、酷いおばさんだと思った?」

「……酷いとは……思いません……。私が一生働いて稼ぐお金より、沢山のお金が父さんの手に渡ったのだから、私は用なしなのだと思います……」

白くて長い髪が風になびく。ハンナは、ファトマルに言い切ってしまって空虚な様子のリンファスに、これからのことを考えて欲しくて言葉を発した。

「貴女が用なしなんてことはないのよ。言ったでしょう? 貴女はこれから人に愛されてその身に花をつけるの。
貴女たち、花乙女にしか出来ないことなのよ。そういう役回りが新しく出来る、って考えたらどうかしら?」

「……新しい……、役回り……」

ぽつり、とリンファスはハンナの言葉を繰り返した。

「そう。貴女は幸いにも保護できた。身を粉にして働くんじゃなくて、一人の人として愛される道を歩むの。
貴女を愛する人は、きっと出てくるわ。そうした時に、貴女は貴女にしか出来ない花乙女としての役目を果たすことになるのよ」

「…………」

そんなこと、出来るのだろうか。畑仕事も、市の仕事も上手にこなせなかった。そんな役立たずのリンファスにしか出来ないことが、本当にあるのだろうか。

(新しい、役目……)

リンファスの胸に不思議な感覚が広がっていった。
今まで自分の仕事といえば、朝、水を汲み、畑に出て作物を収穫し、市に売りにいき、その売り上げを父に渡すことだった。
今、急に新しい役目と言われても、ピンとこない。しかし、ハンナの言葉はリンファスにわずかながらの希望を抱かせた。

村を抜けて新しい景色がリンファスの目に映るが、それは不安と期待を増大させた。

(私は……、どうなってしまうのかしら……)

父に尽くして尽くして、きっとそのまま野垂れ死ぬのだと思っていた。こんな色の自分に、まっとうな人生など待っていないと思っていた。

それが。

(新しい役目を果たしたら……、私もまっとうな人生が送れる……?)

心がやや期待に傾いて、リンファスは自分の先の人生を思い描いた。
心持ちが変わると景色まで色を変えるのだろうか。どんどん綺麗になっていく景色が不安よりも期待を映して綺麗に見えてきた。

ガタンガタンと揺れる馬車の上。リンファスはその言葉を繰り返し繰り返し口の中で唱えた。

三人は長い道のりを王都に向かって揺られて行く。リンファスの人生は、今、これから始まるのだ――――。