「君は、今でも宿舎の雑務をしているみたいだね」

「あ、はい。何故ご存じなのですか?」

「僕たちの宿舎は隣の敷地にあるだろう。二階の窓からは壁に邪魔されない範囲で、廊下の様子が見てとれる。君が窓を拭いたりモップで床を磨いたりしているのを知っているよ」

そうなのか。ではバタバタと落ち着かない様子も見られていたりするのか。
リンファスが恥じ入っていると、夜も仕事なの? と聞かれた。

「夜は皆さんがお食事をなさった後に、食堂の片づけと掃除をしています。食器は、最近ケイトさんが洗ってくださって……」

「もともとはケイトの仕事だろう? 夜だし、休むことは出来ない?」

休むとケイトの仕事が増えてしまう。そう思うと毎日じゃないさ、と彼は言った。

「たまになら良いだろう? ケイトには僕からも手紙を書いておく。君、王都の野外音楽堂には行ったことはある?」

「な……、ない、です……」

「いいね。
君、舞踏会に慣れていないようだから、見世物として音楽とダンスを楽しめそうな場所に行ってみないかい? 
施設が野外でね、楽団と劇団が入って音楽と華やかなショーダンスを踊る。雰囲気も開放的だから、君に合うと思うよ」

えっ、急に何を言うのだろう……。
大体リンファスは仕事をしていないと落ち着かないし、誘われて行って失礼をしたら大変だ。
それに、口調や仕草からこの人はリンファスのような粗末な村の人間ではないと分かる。そんな人がリンファスを連れて行って、何が楽しいのだろう。

彼の口調が砕けてきていることに、リンファスは気づけなかった。

「わ……っ、私、……れ、礼儀も良く知りませんし、あの……」

「此処に来るより、よっぽど礼儀なんて必要ないよ」

「で、でも、私をお連れになって、私が貴方を楽しませられる自信がありません……」

不安でそう言うと彼は、ははっと今度は明るく笑った。

「僕を楽しませようなんてこと、考えなくて良いんだよ。
僕は単純に、君が僕に与えてくれる変化を知りたいんだ。
君が僕に示してくれる僕の感情の証として君の身に何が起こるのか、それが気になるのさ」

……分かるような、分からないような……。リンファスが困っていると、彼はリンファスを呼んだ。

「リンファス、……だったね、君の名は。名乗っていなかったが、僕はロレシオだ。
リンファス。今夜僕は、君のおかげで二度目の誕生の日を迎えたみたいに清々しいんだ。どうか、この誘いを断らないで欲しい」

握られたままの手が、更にぎゅっと握られる。伝わるぬくもりに嫌と言えなくて、最終的にリンファスはこくりと頷いた。