「君が、広間で彼と踊っているところを見た。……少し、悔しかったんだが、それは君に当たるべきことではなかった。
僕も今の物言いに驚いている。自分に、こんな感情が眠っていたのかと」

「いいえ、私も言い方が悪かったかもしれません。私は無学で、他の子のように言葉を知らないのです。
私の方こそ、気分を害してしまっていたら、申し訳ありませんでした」

こうべを垂れると、彼は気にしないでくれ、と言った。

「心を飾る言葉を、僕は信用できない。ありのままで話してくれたら嬉しい。僕も君と分かり合えるようにそうしよう」

口許に、笑みが浮かんでいるようだった。彼が怒ったままではないことが分かって、リンファスは安心した。

「折角の夜だ。僕とも、踊ってくれないか」

先程の冷たい声が、甘いそれになっている。誘われるようにリンファスは彼の手に手を乗せた。

「でも私、踊りは上手くなくて……」

さっきも目が回ってしまった。そう言うと彼は、じゃあゆっくり踊ろう、と提案してくれた。

「僕を信じて頼って回ってごらん。一歩ずつ動こう、……そう、一歩前に右、一歩横に左、一歩後ろに右。……もう一度、右、左、右……。そう、上手だ」

彼が手を引いて上体を預けるように示してくる。
少し寄り添うような形で体を立たせ、広間で奏でられている音楽の二倍かけてゆっくりターンする。
ひらりとスカートが舞い、足元を風が通る。花の香りが立ち上り、リンファスの鼻腔をくすぐった。

ターンをするたびにゆるりと肩から胸に垂らされている彼の細い髪がリンファスの目の前で翻る。
月明かりが金の淡い髪に弾けてきらきらと輝いた。
リンファスに色はないから、目の前で舞うその輝きがこの世のものとは思えない程美しかった。

(……きれい……。……ウエルトの村で一度だけ見た、旅の一座の店に飾ってあった『シルク』という布の輝きに似ているわ……)

滑らかな輝きは貧しく懐かしい記憶を思い出させた。
あの頃に比べたら、自分は役割を得て、食べ物にも恵まれて、なんて幸せな世界だろうかと思う。
この目の前で繰り広げられている世界が、一瞬の夢だとしてもこの記憶だけはなくしたくない、とリンファスは思った。

風が靡く。花が揺れる。音楽が流れる。

微かに響く広間からのさざめきと共に、リンファスは目の前の人に導かれて、ただ舞った。
リンファスの胸の内に、今、驚くほど満たされているという感情が滔々と溢れ、体の内側から、ぬくもりがあふれ出る。

そのぬくもりが腰の左側に集まると、ドレスの切り替え部分に小さな花が顔を出した。ゆったりと花弁開くその花は、今までの蒼い花と同じく小さくて、でも花弁が二重(ふたえ)でアキムやルドヴィックの花と同じ形だ。
そこから推測するに、この花はアキムたちが贈ってくれたのと同じ『友情』の花ではないかと思う。

この人が、プルネルやアキムたちが感じた気持ちを、リンファスにも持ってくれたのだろうか? 
そう思っていたら、リンファスの手を引いていた目の前の人がステップを止めてリンファスの新しい花を見ると、呆然とした様子で呟いた。