「今のは誰?」

え、と思う。
唐突な問いだった。この前リンファスのことを知りたいと言っていたし、先程ルドヴィックに友人として知りたいという気持ちを教えてもらったばかりだったので、てっきりそう言う話をするんだと思っていたリンファスは、一瞬問いに応えられなかった。
声は、もう一度リンファスに突き刺さった。

「今のは、誰? 君と踊っていた、あれは誰?」

まるで詰問するかのような、この前話したあの人とは思えない程、冷淡な声だった。
このまま『興味』を失われて、この人から切り捨てられるのかと思う程、冷たい声だった。
リンファスは我に返って慌てて口を開く。

「あ……、あの人は、と、友達のお友達で……。わ、私のことを、ゆ、友人だと言ってくださった、方、です……」

恐る恐る言った言葉に彼はふっと息を漏らし、皮肉気に口端を歪め、意外な言葉を口にした。

「友人……、か……。そうやって善人の顔をして人を裏切る輩は良く居る。君も気を付けた方が良い」

裏切る、とは……。だってリンファスは何も持っていない。リンファスを裏切って何になると言うのだろう。

「ル……、ルドヴィックが私を裏切って得をすることがありません……」

「あるさ」

何故そう言い切れるのだろう。この人はルドヴィックと知己なのだろうか。

「イヴラは花乙女に花を咲かせることで、乙女を花乙女たらしめる。乙女がそのイヴラに依存してしまえば、イヴラは乙女を操り放題さ。君が言うその彼も、裏でどんな顔をしているか分かったものではないよ」

依存……、操る……。空恐ろしい言葉が飛び出てきて、リンファスは目を丸くした。おおよそ真摯にサラティアナを想うルドヴィックに似合わない言葉だ。

「……彼には、想う人が居ますし、私を操るなんて考えることは到底ないと思える、いい人です……。……貴方は私を知って、……私を裏切ろうとしているのですか……?」

「ふは……。先に言っては裏切りづらくなるだろう。君は僕に疑念を持たないのか?」

澄んだテノールがリンファスに問う。彼の言うことを自分に問うてみるが、リンファスにそれは難しかった。

「……よく、……分かりませんが、……貴方が私を裏切っても、私はそれを受け入れるだけだと思います……」

ウエルトの村でいつもそうだった。
何が起きても、リンファスは受け入れることしか出来なかった。ファトマルの暴力も、村人からのそしりも、受け入れるしかなかった。それしか生きる方法がなかったのだ。

だからインタルに連れてこられても与えられた花乙女という役割を受け入れて過ごしてきた。
ただリンファスは花乙女でありながら花が着かなかったから、花を咲かせる代わりに仕事をしなければ役割がなくなり、生きて来られなかっただけだ。リンファスに抗うという手段は根本的に、ない。

「受け入れて、どうする」

「『役目』がなくなったら、生きている意味はありません。野垂れ死にするだけです」

リンファスのはっきりした言葉に、ロレシオははっと息をのんだようだった。しばし沈黙がその場を支配し、そして動き出したのは彼の言葉からだった。

「……すまない、僕が悪かった。君の年で、死ぬ、という言葉が出るとは思わなかったんだ。気分を害していたら、許してくれ。僕は君を死に追いやりたいわけではない」

ついと一歩リンファスの方へ歩み出た彼は、滑らかな所作でリンファスに手を差し出した。先程のルドヴィックのリードよりも更に優雅だった。