陽が沈む前にウエルトの村の隣にある町にたどり着いた。今日は此処で一泊するらしかった。
リンファスは身一つで家から出てきている為何も持っていないが、ハンナが宿代からそこで貸し出してくれる着替えまで、全部揃えてくれた。

「すみません、何もかもお世話になってしまって……」

「気にしないで。私たちは花乙女のお世話をすることが仕事なんですからね。何か不足があったら言って頂戴。何でもすぐに用意します」

そう言われたけれど、宿代を負担してもらうだけでもとんでもないことだと思っていた。
リンファスはハンナに宿の大浴場というものに初めて連れて行ってもらい、身体をきれいにしてから、食堂で食事にありついた。

席にロレシオが居ないことが気になったが、人のことに深く口を出すのを躊躇って、リンファスは何も聞かなかった。
テーブルに並んだご馳走は食べたことのないようなものばかりで、リンファスは目を白黒させた。

「……花乙女、という言葉を、初めて聞きました。……国が保護って……そんなに大変な仕事なんですか……?」

燻製の肉をひと口齧りながら、リンファスはハンナに問うた。

「そうね、あなたにはまだ花が咲いてないから分からないわね。
花乙女は人から愛されるとその身に特別な花をつけるの。その花が、女神アスナイヌトの栄養になるのよ。同時に、花乙女の栄養にもなる。……花乙女はアスナイヌトの子ですからね。
あなたがそんなにやせぎすなのは、今までの食事もひどかったのでしょうけど、花を食べてないからなのよ。
花乙女にとっては、人の食べ物は消化が非効率的な食べ物なの。たまに食べるくらいは関係ないけど、主食としては栄養に乏しいわ」

「そう……、なんですか……?」

……とすると、今のこの食事もそうなのだろうか?

「そうね、本来の貴女の年頃の花乙女なら、あまり食べないわね」

そうなんだ……。それにしては、リンファスは今、燻製の肉を美味しいと感じている。

「それは、あの野菜スープと比べているからよ。花を食べる花乙女たちは、人間の食事はなんて味気ないのかしら、って言っているわ」

そう言うものなんだ。

「ピンとこない、って顔してるわね」

「……はい」

だって、この食事が美味しいし。

「そうね、急に自分が花乙女だ、って言われても、あなたは今まであの村で花乙女と無縁の生活をしていたのだから、当たり前ね。
少しずつ知っていけばいいわ。時間は沢山あるんですもの」

(……少しずつ……)

自分の時間が変わっていく予感がする。ファトマルの機嫌だけを窺ってきた今までの暗く、永遠に続くと思っていた時間から、新しい光射す時間へ。

リンファスの口許が僅かに揺らぎ、その口の端(は)がほんの少し、持ち上がる。それはリンファス自身も意識しない、心の動きと似ていた。

「……そうですね……。そうなったら、……素敵……、だと思います……」

花乙女というものは、まだ全然分からないけど。でも。

新しい時間の予兆に、リンファスの心は不安と期待でいっぱいだった。