数日経っても右胸の花以外に咲かなかったリンファスを励まそうとしたのか、プルネルが部屋を訪ねてくれた。
「リンファス。明日、良かったら一緒に街へ行かない?」
「街へ?」
そう、とプルネルが微笑む。
「次の舞踏会の予定があるならドレスを仕立てた方が良いわ。
毎回ドレスを仕立てる乙女も居るのよ。
リンファスも一着くらい持っていたって、良いと思うわ」
「で、でも、私、そんなものが似合うとは思わないわ……」
今着ている、ハンナが与えてくれた洋服だって、ウエルトで着ていた服よりうんと上等だ。
それでもプルネルは、衣服は時と場所によって変えるのがマナーよ、と教えてくれた。
「そんなことも決まりなの?」
「そうよ。
前回は急に行けることになったから構わなかったけど、今度は約束もあるんだし、胸の花は咲いているんだから、ちゃんと支度を整えましょうよ」
自分に対して自信の持てないリンファスは、そんなことをしても不景気な顔は変わらない、と思うが、決まり事だと言われてしまうと嫌だと言えない。
小指を差し出すプルネルに、リンファスも小指を絡めたのだった。
翌日はプルネルが桜色のドレスを仕立てたルロワの店に連れてきてもらった。
ヘインズの店とは違い、ある程度デザインが決まっている中から、自分の好きなデザインを選び、細かい変更は注文できる仕組みだ。
ルロワがてきぱきとリンファスを店の奥に誘い、首にかけていたメジャーでリンファスの体のサイズを測る。
そんなことをしてもらうのも初めてで、リンファスは扉で区切られているとはいえ、ルロワという人前で下着(シュミーズ)になることに抵抗を覚えないプルネルを不思議に思った。
「リンファスさんは体が細いですから、あまりデコルテを出したドレスじゃない方が良いですね」
リンファスの体を採寸したルロワが言った。
ルロワは店内に飾られているトルソーのうちの一体を店の真ん中まで移動させてリンファスに見せてくれた。
「これだと身頃の切り替えを別布で仕立てて、体を立体的に見せられます。
色は明るめがいいでしょう。
ウエストは細くていらっしゃるから、腰をぎゅっと絞って、スカートに膨らみを持たせれば、かなり体型はカバーできます。
細かい装飾はどうされますか?」
にこにことレースやブレード、刺繍糸やビーズを見せてくれるルロワには悪いが、リンファスは洋服のことはまるで分からないのだ。
困ってプルネルの方を見ると、プルネルは微笑んで助け舟を出してくれた。
「リンファスの花は私の花と蒼の花だけだから、寒色系のお花に似合う淡い水色の布を使うのが良いと思います。
ブレードを花芯の銀色に寄せて切り替え部分とスカートのタックの部分に着けて、裾と襟元は白のレースでどうかしら?」
プルネルが具体的なことを言ってくれたので、リンファスは無言でこくこくと頷いた。今の言葉では水色のドレスになるのだということしか分からなかったが、それで十分だと思った。
ウエルトの村では畑作業で汚れてくすんだワンピースを一年中着ていたのだ。
ハンナが用意してくれた真っ白な洋服や、綺麗な色が付いているドレスを身に着けられる今は、リンファスの中では別世界の暮らしだった。
「リンファスさんが良いならそうしましょうか。
プルネルさんはどうされますか? 新調されますか?」
「私は桜色のリボンを頂きます。気分を変えるのにきっと良いと思うんです」
プルネルの言葉を聞いて、ルロワはそうですね、それは良いですね、と微笑んだ。