「……、…………は……?」

おそらくこの場で掛けられるであろう言葉たちから、一番遠い場所にある言葉だった。
こんな華やかな場所に来てさえ、花が着いていないことでイヴラから見向きもされなかったリンファスを役立たずと非難したり、ましてや休憩中の所を邪魔したリンファスを咎める言葉ではなかった。

ぽかんとその人を見る。
ロレシオはその場から一歩、リンファスの方へと足を踏み出した。
その動きに沿って、暗闇の中で何かが揺れた。人さらいに遭った時のことを思い出して、びくりとリンファスが身を固くすると、彼は寂しそうな声で呟いた。

「……やはり、……僕が怖いか……」

リンファスはその言葉に動きを止めた。

『やはり』、とは、どういう意味だろう。

今、リンファスが身を固くしたのは、薄暗がりの中で動いた『何か分からない揺れた物』に対してであり、今目の前にいる彼そのものに対してじゃない。そのことは伝えなければならないと思って、リンファスは口を開いた。

「い……、いえ……。今、何か揺れたので……」

「揺れた……? ……ああ、これか」

彼はそう言って左手で揺れた『それ』を掴んで引っ張った。ひらりと舞ったそれは、頭から被っていたフードの端だった。
そう、確かリンファスが知る限り、ロレシオは黒いフードマントを身に付けていた。
何時ものマントよりも裾が長いから分からなかっただけで、その正体が分かってしまえば、マントの裾が揺れるくらい、怖いことではなかった。

「すまない。驚かせるつもりはなかった……。しかしこの闇でもこれは取ることは出来ない。許してくれ」

フードを被ったまま、ロレシオはリンファスの前に歩み出た。

……薄闇の中でも整った顔立ちの人だと思った。

やはりフードの陰になっていて目の色は分からないけれど、正面から見た彼は、彫刻のような鼻梁にテノールを発する薄い唇と無駄のない肉付きの体をしており、胸板に沿って流れる、背中から流された淡い金の髪は胸の中ほどまで伸びている。

先程会ったアキムやルドヴィックも端正が顔立ちをしていたが、この人は彼らよりも美しかった。陰になった目元さえもが、彼の麗しさを引き立たせていると思った。

ぼうと見とれるリンファスに、ロレシオは一歩歩み寄って頭を下げた。フードが揺れて、金の髪がさらりと流れた。

「今、僕が、この場でレディ(きみ)に対して危害を加える気持ちがないことを信じて欲しい」

こうべを垂れたまま、彼はそう言った。アキムに対しても思ったが、リンファスにとって頭を下げるという行為は、自分がするものであって、自分がされるものではなかったから慌てた。

「か……っ、顔を上げてください……っ。私は貴方が頭を下げるような人間ではないのです……っ」

本気でそう思っている。なのにロレシオも、何故? と問うた。