庭は、広間の窓から零れ聞こえる音楽がBGMとなっているが、窓からのシャンデリアの灯り以外は届いていなかった。
リンファスは庭で栽培されている数々の植物の間を歩いて行った。盛りなのか、花が沢山咲いている。薄暗がりでもその色彩が広間の色彩に見劣りしないことは、リンファスにも分かった。

「……、…………」

自分はこの街に来て、まだ何も役に立っていない、とリンファスは改めて感じた。
この花たちのように宿舎という場所に居るだけで、それに見合った働きをしていない。

アキムやルドヴィックが言っていた。イヴラは自分の色の花を咲かせた乙女とじゃないと、踊れない……、というか踊りたくないのだ。プルネルから聞いていた話でも分かる。
茶話会はイヴラと出会う場所だと言っていた。そして舞踏会は乙女とイヴラの関係を深くするものだとも。

だとしたら、彼らの花が咲いていないリンファスを相手にしないのは、当たり前なのだ。
リンファスはこんなところに来てまで、花乙女として見つけてくれたハンナの期待に応えられていない。本当に申し訳ない、と思った。

(……そうね、この花たちの方が役に立っているわ……。だって、この庭に来る人たちをこうやって安らがせてきたんだから……)

リンファスは、花々に癒しを求めてその手に一輪の花を取った。ふわっとした花弁がひらくその花は、リンファスの手のひらに程よくなじんだ。

(……ふふ、甘い香りがするわ……。この花、もしかして、私に着くことが出来るのかしら)

以前咲いた蒼い花を食べた時のことを思い出す。あの甘い花は今でも口の中にその甘さを思い出せるくらいに美味しかった。その花の香りに似ている気がする。だとしたら、この花はリンファスの身に着かないだろうか。

リンファスは、手折った花を右胸、プルネルの花とそしてあの蒼い小さな花が咲いている隣に挿した。
……しかし花は、リンファスが立ち上がると、重力に負けたように地面に落ちる。
ポトリと落ちた花を見つめて、リンファスは悲しそうにため息を吐いた。

予想していたことである。花乙女たちの身に咲いている花は愛情を糧としているというケイトの話だし、そうすればおのずとこの庭に咲いている、土から育つ花とは違うことは明白だ。

「……この花では、私に着かないのね……」

リンファスが地面に落ちた花を拾い上げてそう呟いた、その時。

「誰か居るのか」

その場に硬い声が響いた。